聖なる夜に新しい恋を

◆◆◆


「抱きしめたい。駄目?」


 そう問いかけても、彼女は固まったままで。やはり意中の男のことがあるからだろうか。今日は説教臭い一幕もあったが、帰り道での口数は多かったし、嫌われてはいないはず。今日は楽しんでくれたと思ったが、こんなことを口にするのは早すぎたか。だが、その意中の男に彼女を安々と獲られてしまうのも、俺としては許せないのだ。

 彼女を困らせても仕方が無い、今日は撤退だ。


「ごめん、今のは忘れて」

「……」

「……紗礼さん?」

「…………駄目じゃ、ない」


 一瞬、聞き間違いかと思った。だが、彼女の声を聞き間違うはずもなく。声を振り絞ったまま固まる彼女を、優しく腕の中へ引き寄せた。


「わ、」


 俺のコートに染み込む彼女の声。胸元にあるふわふわとした彼女の頭をぐっと引き寄せた。せめて、今だけは俺のもので居て欲しくて。冷たい冬の空気にわずかに溶けた彼女の甘い香りに、愛おしさが込み上げる。


「三田くん、あの、人が、」

「もうちょっとだけ」


 小さな駅だが、駅は駅。人通りが無い訳では無いからか、恥ずかしそうに周りを気にする彼女。そんなところもかわいらしい。周りから隠すように、彼女を抱きしめる腕に力を込める。
 彼女の薄手のトレンチコートでは、その下に隠す彼女を隠しきれなくて。力を込めた腕から伝わるのは、男とは違うそれ。小さく、やわらかく、しなやかな体つき。鼻をくすぐる彼女の香りとも相まって、抑えつけていた下心が顔を覗かせる。


(っ駄目だ、俺が耐えられない)


 狼になる前に、彼女を解放した。涙目になった彼女が見上げていて、柄にもなく動揺してしまう。


「ご、ごめん!痛かった?」

「ううん、大丈夫……」


 そう言って彼女は顔を背けた。揺れる髪からちらりと覗いた耳は、暗がりでもわかるほど真っ赤に染まっていた。よっぽど恥ずかしかったのだろうか。
 暴れる欲望がばれないように平然を装って、ゆっくりと息をして話しかける。


「ありがとう、我が儘聞いてくれて。それじゃ、今日は遅いから気をつけて。また着いたら連絡入れてね」

「わ、私もありがとう。三田くんと話せたの、私のためにもなったから」

「何それ」


 小さく吹き出して笑って、表面上はいつも通り彼女と話す。手を出してしまわないように心を戒め、一歩下がって距離を取る。

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