聖なる夜に新しい恋を
「夜から?これから誰かと会うの?」
『そんなんじゃないけど、今ちょっと……準備が出来てなくて』
「準備!?」
誰とも予定が無いことに、心底安心した。
しかし、意味深な発言。まさか、泊まりに来ようと言うのか?──いや、あの彼女のことだ、そんなところまで考えて出た言葉では無いだろう。わかりきったことを、意地悪を承知で聞き返す。
「何なに、お泊りグッズでも揃えて来てくれるの?」
『なッ、違っ!そんなつもりじゃなくて!』
「あはは、ごめんごめん。で、何の準備?」
今頃、顔を真っ赤にしながら自分の言葉に後悔しているのだろう。そんなところも愛おしい。早く会って顔を見てみたい。そんな純粋な感情が込み上げる。
『……今は、化粧も服も適当だから。三田くんと会うなら、出直してくる時間が欲しい、かな……』
恥ずかしそうに、小声で呟く彼女。成る程、女性ならではのお悩みのようだ。そんなことかと思いながら、ある事実を突き付ける。
「要らないよ。それより早く紗礼さんに会いたい」
『でもっ』
「俺、もう2回もすっぴん見てるようなもんだし。雨で流れて、涙で流れて」
『それは、早く忘れて……』
「別に今がどんな格好でも、幻滅したりしないから。紗礼さんが来ないなら、俺がそっち向かおうか?」
『えっ、悪いよそんなの。大体、三田くんこそ予定入ってるんじゃないの?』
「俺?俺は予定無いよ。紗礼さんのために空けてあるから」
電話の向こうで、小さく息を呑む音がした。今の発言は、押し付けがましくて少々気持ち悪かったかもしれない。自分のために空けてあると言えば、心優しい彼女なら乗ってくれると踏んだが、吉と出るか凶と出るか。
『──私がそっち向かうよ。どこで落ち合おっか?』
ビンゴ。返ってきた答えに、心の中でガッツポーズする。
「ありがと、俺が今居るのは──」
最寄りを伝えて電話を終えた。彼女が来るまでの数十分が待ち遠しい。主張が激しい胸の鼓動をなだめるように、冷たい冬の空気を吸い込み深呼吸をした。
(ほんと、中学生の初恋じゃないんだから……)
最寄り駅へ向かう足は、いつもより軽かった。