国をあげて行う政策によって付き合いを始めた二人のお話。
「いいえ」
 背中から抱かれているのがよかったのかもしれない。本音を隠すことができる。
 それに、このような顔をクリスには見せられないだろう。彼を欲しているこの顔を。
 また、こんな明るい時間からこのような行為に耽ってしまったという、どこか(やま)しい気持ちさえ感じていた。
 何度も彼の腕の中で弾けた。それと同時に胸の中に何か温かいものが湧いてきていた。ぽつん、と生まれたそれは、いくつもぽつん、ぽつん、と生まれ、水面にできた波紋のように広がってフローラの全身を満たしていった。
 それが、彼女の忘れていた記憶、いや覚えていないような記憶さえも呼び起こす。
 あの人は誰だろう、とその記憶の中で目をこらす。自分の顔によく似ている女性、ああ、母親かと思った。隣にいるのは、ここ数年会っていない父親だ。母親の腕に抱かれているのは、生まれたばかりの赤ん坊。あれは間違いなく自分だ、とフローラは思った。
 なぜか母親は悲しそうに笑っていた。その顔を見ると、ずきりと重いものが心に圧し掛かってきた。もしかして、生まれてきてはいけなかったのだろうか、とそう思わせるようなその表情。胸の奥が苦しくなる。
 そうか、ずっとそう思っていたのかもしれない。母親の命を奪ってまで生きている自分は、生まれてきてはいけない存在だったのではないか、と。
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