国をあげて行う政策によって付き合いを始めた二人のお話。
「あ、はい。その、彼が前、お付き合いしていた方です」
「職務中にも私的なことで声をかけるとは、とても非常識な男だなと思ったのですが」
「やはり、見ていたのですね。その、私と彼のやり取りを。むしろ、その職務中の私を」
 食事をしていた手をとめて、テーブルの上の何かに視線を向けるフローラは、その耳を赤く染め始める。つまり、恥ずかしいのだ。
「その……。仕事中と普段と、人格がかわると言われていますので。ちょっと……、あれを見られたかと思うと。恥ずかしくて……」
「それだけ、職務に責任をもって取り組まれている、ということですね」
 フローラが顔をあげた。クリスは、にっこりと笑う。
 ここにあのノルトがいたのであれば、腹黒そうな不気味な笑みだ、と表現してくれていただろう。
 だが、このクリスの笑みは心からの笑み。自分の愛するフローラの違う面を見ることができたという喜びの表れなのだ。
「あ、ありがとうございます」
 サミュエルは、あの職務中のフローラにやや引いていた。だから、結婚したら仕事を辞めて欲しいと言ったのかもしれない。
 危険なところという表現も、彼女が変貌してしまうような場所だから。サミュエルにとってフローラはただの都合のいい女、隣にはべらせておくのに見目のいい女、そして自分の言うことを黙って聞く従順な女、そんな立ち位置だったのだろう。

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