月下の聖女〜婚約破棄された元聖女、冒険者になって悠々自適に過ごす予定が、追いかけてきた同級生に何故か溺愛されています。
過去5
トールは深い深い闇へと落ちていくような感覚に、自分は死んだのだろうか、と思う。
(──ティナ……)
トールはただひたすら、最後まで守ることが出来なかった少女の無事を祈る。
刺された傷の痛みはすでになく、五感も完全に失われ、トールが唯一感じられるのは、酷い寒さだけだった。
そうして、トールの意識が闇に溶ける寸前、トールの身体に変化が起きた。氷のように冷え切った身体の感覚が徐々に戻って来たのだ。
温かい何かに包まれるような心地よさを感じた瞬間、トールの意識が急激に引き上げられる。
それはまるで暗い闇から光溢れる世界へと掬い上げられたような、そんな感覚だった。
「────はっ!!」
トールが目を覚ますと、誰かが自分を抱きしめていることに気付いた。
「……あ、れ……? ティナ……?」
「…………」
自分を抱きしめているのはティナだった。しかしトールが声を掛けてみるが、反応が返って来ない。
「ティナ? どうしたの?」
トールがもう一度声を掛けてみるが、ティナの目は虚で、まるで感情が全て抜け落ちたようだ。