月下の聖女〜婚約破棄された元聖女、冒険者になって悠々自適に過ごす予定が、追いかけてきた同級生に何故か溺愛されています。
「俺らが使う馬車はこれだ」

 モルガンが指差した馬車は二頭立ての幌馬車だった。
 大きめの幌の中に荷物はあまり載っておらず、人が四人乗るには十分なスペースが有った。小さいアネタのためだろう、中にはリネンやクッションなども準備されている。

「わぁ! すごく快適に過ごせそうですね」

 幌馬車の中は意外と生活感があり、このままここの中で生活ができそうだった。

「まあ、クロンクヴィストまで長旅になるからね。アネタがなるべく疲れないようにって考えたらこうなっちゃったのよ」

 本来であれば店を移転する場合、荷馬車を幾つも用意して商品ごと移動するのだが、モルガン達は商品を出来るだけ売り払い、身軽にした状態でクロンクヴィストへ移住するという。

「じゃあ、クロンクヴィストに着いたらお店の準備で大変そうですね」

「そうなのよね。クロンクヴィストの知人に頼んでお手伝いはして貰っているけど、しばらくは忙しいでしょうね」

 イロナがやれやれと溜息をつく。イロナのそんな様子に、ティナは小さい子を連れて別の国へ移住するような、何か特別な理由があるのだろうか、と考える。

(いやいや、人それぞれ都合があるし、変に詮索しちゃ失礼よね!)

 ティナは雑念を取り払い、モルガン一家を無事にクロンクヴィストまで送り届けることに集中しようと気合を入れ直す。
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