恋の味ってどんなの?
「体調はどうだ、藍里」
 と机の上に何か入った袋を置く清太郎。ノートのコピーも一緒に。何だか1日、というか半日の量にしては多い。時雨に昼ごはんもどうかと言われたが、学食のパンを買ったからいいと言っていた。藍里はスパゲティを半分くらいまで食べ終わった。

「ありがとう、昨日は夜遅くまで。それにこれ……」
「おばちゃんが弁当屋のデザート持ってけ、て言うから。お前の母ちゃんと、なんだっけ……おにぎりみたいな具の」
「時雨くん……ね」
 時雨はその時は台所でお茶を入れていた。多分聞こえて入るだろうが。

 藍里はノートのコピーを手にして中を見ると文字が一枚一枚違う。

「クラスメイトの奴らが心配して何も言ってないのにコピーして渡してきた」
「そうだったんだ、今度お礼しなきゃね」
「だな」
 そこに時雨がお茶を持ってきた。

「どうも、おにぎりの具の時雨です。はい、お茶」
 やはり聞こえてたんだと藍里は笑った。清太郎も。時雨も別に慣れているのであろう、ニコニコ。

「時雨くん、デザートもらった」
「それはそれはご親切に。じゃあ僕のコーヒーゼリーはいらないかなぁ」
「あ、どうしよ」
 清太郎はじゃあほしい、と藍里に伝えると時雨が台所に戻っていった。

「……まさか手作りのデザート?」
「うん、常に何かデザートを作ってストックしてくれてるの。すっごい美味しいんだから」
「ちょうどよかった、昨日パフェ食べれなかった……ビッグパフェ」
「ごめん」
 清太郎はクラスメイトたちがあとで送ってきた写真を藍里に見せた。3人でこのパフェを食べられたのだろうか、清太郎も一緒に食べてでさえも食べきれないサイズである。

「ここで働いてる藍里にいうのも悪いけど俺は甘いのよりもコーヒーゼリーの方が断然いい。こんなあまったるい塊をあいつらは完食したらしい」
 ともう一枚完食した写真も。

「これはこれは……なかなかだね。盛り付けも大変だから店側からしたら大感激だよ」
「だよな」
 と時雨が二人の話を聞いてたのか立ち尽くしてた。
 彼の手には生クリームホイップたっぷりかけたコーヒーゼリー。

「ごめん、甘ったるいのダメだったかな。苦いから生クリームホイップしてみたんだけどさ」
 少ししょんぼり顔の時雨。だが清太郎は首を横に振って受け取る。

「いや、これなら大丈夫ですコーヒーの苦味とホイップの塩梅がいいと思います」
「ならよかった……あっ」
 時雨はすこし後退りした。この二人の雰囲気に何かを察したようだ。

「僕風呂場の掃除してくるから……若い二人で仲良く……ね」
 とサササササっとリビングを出て行った。藍里は早速ホイップから食べている。
 清太郎も座って食べる。

「食欲はあるんだな。明太子スパも食べて、デザートも食べて」
「食欲はあるよ。時雨くんの作ってくれたものは全部美味しいの」
 フウンとまっさらに平らげた皿を見て、藍里がコーヒーゼリーを食べている姿を見ると昨日横たわっていた人間と同じには思えないようである。

「まさかあの人と一緒にいるのか」
「……学校とバイト以外は。ここ最近はママよりも一緒にいる時間長いかも」
「まじか、てかコーヒーゼリー美味いな。あの人お前の母ちゃんの恋人ってことは40……まだいってなさそうだけども30代くらいだろ」
「うん、34歳」
「お前と結構離れてるのか」
「そうだね……ママにとっては年下の恋人だけど」
「再婚したら父親、になるのか」
 藍里はスプーンを口に含んだ。口の中はコーヒーの苦味とクリームのあまみ、スプーンの冷たさ。

「橘綾人……まさかあの人がお前の本当の父親だなんてクラスメイトたちが知ったら驚くよな」
「だよね、よく教室で話しててさ。かっこいいとかそんなこと聞くと恥ずかしい」
「恥ずかしい、か……」
「パパが褒められてるってなんかね」
「会ってるのか」
 清太郎は半分残ったコーヒーゼリーを一気に口に含んだ。藍里は首を横に振る。

「そうだよな、離婚したんだもんな」
「……今はいいけどママの前ではパパの話をしないでね」
「いいお父さんだったと思うけどさ」
「……うん」
「母ちゃんからは聞いてた。『外面ばかり良過ぎる』って」
「……」
「ごめん、昨日倒れた理由……あれだろ。お前の母ちゃんが橘綾人にされてたようなことをあの客がしてた、それを思い出したんだろ」
「……」
 藍里の手が止まった。右目から涙が出た。

「すまん、昨日倒れたばかりなのに」
「大丈夫、事実だから。でも……パパ優しい人よ」
「……ずっと見てたんだろ、ああいうの」
「……」
「母ちゃんのことを藍里のかあちゃんに言ったら狼狽えてたけど、唯一相談してたんだってな。本当に母ちゃん心配してるから」
 藍里は両手を覆って泣いた。清太郎はそんな彼女を抱きしめる。
「もっと近くにいた俺も気づいてやれなくてごめん許してほしい」
 藍里は声を上げて泣いた。


 その様子を時雨はドアの向こうから聞いていた。途中からではあったが。

 しばらくはリビングに入らないようにしようと再び浴室に戻っていった。
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