恋の味ってどんなの?


 気もそぞろもあってか、バイト中に皿を一枚割ってしまった藍里。

「本当は、君はそそっかしい……」
「すいません」
 調理担当の男性社員沖田はいつも一言多く、厳しい。
「せっかく可愛い顔してんだからウエイターの方行ってニコニコ注文とってりゃーいいやん」
 それはできない藍里。表に立つ仕事はするなとさくらに言われてる。

「まぁそっちでも注文ミスとか皿割ったりしてもっと迷惑かかるか。そっちの方が会社の名誉に傷つく」
「すいません……」
「謝ってばっかじゃん、もういいよ」

 なにがもういいよかわからず、藍里は調理室から離れてスタッフルームに行った。
 女優の夢どころか将来の夢も持てず、バイトでは上手く仕事ができず、いろんなことに不器用な彼女はもう苦痛でしかなかった。
 そしてあの男性社員が父親と重なる。
 母親をなじるあの時の父の声と表情を思い出す。さくらもこんなに苦しかったのだろうか、あの時は全部さくらに当たられていたから感じなかったこの心の痛みが今になってわかっても遅い、と。

「百田さん」
 同じアルバイトの女子大学生の岸田理生が藍里に声をかけた。ウエイター担当で他の派手でシャキシャキとした人たちよりも大人しく落ち着いている。
 唯一藍里がバイト内で話せる相手でもある。

「さっきみてたけさっき見てたけどまた色々言われてたね。あんなの無視無視。バイトの雪菜と喧嘩してるし少し売り上げ下がってて本部からも怒られててカリカリしてるだけだから」
「ですよね、雪菜さんも機嫌悪くて」
 そう、男性社員だけでなく違う高校バイトの雪菜にもネチネチ裏で藍里のミスを指摘されていたのだ。

「雪菜にも言っておいた。私情を持ち込むな、それを人にあたるなって……まぁ百田さんも二ヶ月目だし少しずつ頑張ろうね」
「はい……」
「にしても沖田には気をつけてね。なんだかんだ百田さんにあたってるけど狙われているから」
「えっ」
 藍里は驚く。いつもなにかしら言いがかりをつけたり、粗探しして彼女にきつく当たっていたからよほど気に食わないと思われていたのだ。

「裏で他の男子バイトとか絶対百田さんの名前出るんだから。沖田が百田さんのことをベタ褒めしたから喧嘩して、それで雪菜も沖田も機嫌悪いってわけ」
 そんなことを全く知らなかった藍里はなんか自分がカップルの喧嘩の原因になってしまったのかと申し訳なさと自分が他の男性からうわさの的になるとは、しばらくはそういう環境でなかったのと自分の中では時雨と清太郎しかいなかったため、他の男からの目の存在は知らなかったことにモゾモゾとしてしまう。

「おい、百田さんいつまで休憩してんの。早く戻ってよ」
 噂をしてたら沖田が藍里を呼びに来た。理生は笑った。

「さぁ、行きなさい。……気をつけてね」
 なんの気をつけてかわからないが藍里は頷いた。多分世間知らず、とのことだろう。

 その後も理生から聞いたことのせいでさらに男性からの目が気になってミスが続き、その夜はヘトヘトで家に帰るハメになったのはいうまでもない。
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