おじさんフラグが二本立ちました
・・・少しの辛抱
諦めることから始めるのは初めてだけれど
逃れられないなら腹を括るしかなさそう
静かに止まった車の窓から見えたのは
海沿いのレストランだった
夕空に映える白い壁と大きな扉
お洒落な外観に少し気分も浮上した
「さぁ、行こう」
差し出された手に少し迷っていると
それを想定していたかのように
おじさんが強引に繋いできた
「青野様お待ちしておりました」
「此方へ」と通されたのは海向きに迫り出した大きな窓が魅力的な個室だった
・・・広い
10人は座れるだろうか
長いテーブルはセッティング済み
絵画や花が上品に飾られ
素敵な雰囲気を醸し出している
徐々に傾く夕焼けのオレンジ色に染められた壁は暖かさも感じさせた
「ほら」
向けられた手の先には、海に飲み込まれようとしている太陽が見えた
「わぁ綺麗」
それを独り占めしているような感覚に
窓に張り付く
「ご機嫌直してもらえたかな?」
「別に怒ってた訳じゃないし」
背後が気になって振り返ると狛犬は扉の両脇に立っていた
「あの二人のことは気にしなくて良いから
さぁ、こっちに座って」
椅子を引かれて腰を下ろすと
長いテーブルに向かい合った
・・・どこの貴族
左に海、右に狛犬という異様な光景
次に現れたのは山高帽のシェフだった
「ようこそいらっしゃいました
可愛らしいお連れ様ですね」
こちらを見て目尻のシワを深める
「あぁ」
少し照れた様なおじさんとシェフの様子に初めて来た店ではないことは分かった
「本日のコースです」と渡されたメニュー
コース料理の説明を聞きながら、サッパリ分からない味付けに、食べられる食材かどうかだけに目を通した
「お連れ様は苦手なソースやアレルギーはございませんか?」
・・・苦手なソース?
フレンチは家族と行くだけで注文するのは父
ここは格好をつけるより素直になるのが得策だろう
「嫌いな食材じゃなかったので大丈夫です」
「「クッ」」
何故かおじさんもシェフも笑い始めて
視界に入った狛犬も若干肩が揺れている気がする
「承知しました
とても愉快なお嬢様ですね」
軽く会釈すると扉を出ていった
「お嬢は面白いなぁ。さっきのも素直で良いよ。気に入った」
「気に入った?私は気に入らないわ」
「ん?」
「まずはキスしたことを謝って下さい
付き合ってもいないし、第一
私はおじさんのことが好きじゃない」
キスするのに条件はないけれど
苛立ちから子供丸出しだ
「そうかな?俺は好きだよ」
上手く誤魔化されたところで
入って来たバトラーが忙しなく動き出し
おじさんのお喋りと
運ばれてくる料理の美味しさに
それも小さなことのように思えた
デザートが始まる頃には
窓は部屋の中を映し出し
相変わらず狛犬は立ったままだ