巫女見習いの私、悪魔に溺愛されたら何故か聖女になってしまいました。
番外編

双璧01

番外編 双璧01

 バリエンフェルト連邦国は、五大国に数えられる連邦制国家である。
 七つの君主国の連合体であるバリエンフェルト連邦国は、現在ラーゲルクランツ国の国王が元首を務めている。
 そんなバリエンフェルト連邦国の一つ、デルクセン王国の王宮にある執務室で、国王であるアドリアヌス・ロドルフ・デルクセンが書類の確認を行っていた。

 国王の執務室らしく一級品の調度品で整えられている部屋には、国王の他にも複数の補佐官がそれぞれの仕事をこなしている。

 いつもは活気づいている執務室だが、現在は全体的に重苦しい雰囲気が流れていた。中には顔色が悪い者が複数人いる。

「陛下、次回予算案の資料ですが──」

「フメラシュ領の鉱山で発見された鉄鉱石は──」

「財務官、ここのツヴルチェク川を利用した運搬事業で──」

 この執務室では常に、国にとって重要な案件や最新の情報が集められている。世界各国の動向や情勢なども、各国の駐在員から逐一報告されているのだ。
 ちなみに国家事業などの案件は大臣達や担当者によって審議された後、国王に報告され承認を得て施行されることになっている。

 補佐官や文官達が忙しくしていると、重厚な執務室の扉が開き、一人の人物が慌てた様子で駆け込んできた。

「陛下! バラーチェク地方で発生した魔物のスタンピードが鎮圧されました!」

「何っ?! 真かっ!!」

 何処か気だるそうだったアドリアヌスは、宰相から受けた報告を聞くや否や、ガタッと椅子を倒す勢いで立ち上がる。

「はいっ!! 間違いありませんっ!! 今やバラーチェク平原に生きている魔物は一匹もいないそうです!!」

 晴れ晴れとした宰相の報告に、その場にいた全員が歓声を上げた。先程までの暗い雰囲気が一瞬で吹き飛ばされてしまう。

「いよっしゃぁあああーーーーーーっ!!」

「うおぉおおおおっ!! 助かったーーーーっ!!」

「やったーーーーっ!! やっと家に帰れるっ!!」

「ああ、良かった……っ!! 本当に良かった……」

 各々が安堵し、喜びに打ち震えている。中には家族が心配だったのだろう、大声で泣き出す者もいた。

 喜びに満ち溢れる執務室を見渡し、ゆっくりと椅子に座り直したアドリアヌスは、ようやく訪れた平穏に深い溜め息を付く。そして報告に来た宰相を指で招き、詳しい状況を話すように促した。

「死者や負傷者はどうなっている?」

「はい、大量の負傷者を出したものの、死者は一人もいません」

「……そうか。あの規模で死者が出なかったのは奇跡だな」

 今回起こった魔物のスタンピードは、かつてない規模のもので、広大な平原を地平線まで魔物が埋め尽くしたという。
 その原因は定かではないが、ラウティアイネン大森林で起こった大爆発によって逃げ出した魔物達が、運悪くデルクセン王国に集中したのではないか、と世間では噂されている。

「リベジェス両師団員が活躍したお陰です! 二人がいなければ、きっと我が精鋭部隊は全滅していたでしょう!」

「うむ。彼らは我が国の英雄だな」

「はい、彼らに褒賞を授けなければなりませんね」

「褒賞か……彼らの望むものを与えたいと思ってはいるが……難しいな」

 アドリアヌスはあの変わり者と有名な二人が、望むようなものが宝物庫にあれば、と考える。

「確かに、彼らは自分達を高待遇で引き抜こうとした貴族達にも、全く見向きもしなかったと聞いています。金銭で彼らを満足させることは不可能かもしれません」

「うーむ。ならば我が娘達はどうじゃ? 我が娘ながら中々の美貌を持っておると思うが」

 アドリアヌスは子沢山で、三人の王子に五人の王女がいる。

「現時点で婚約者がいらっしゃらないのはエルミニア殿下とオフェリア殿下、タティアナ殿下ですが」

「他の二人も本人達が望むなら候補に入れてやろう。この婚約は嫌だ嫌だとよく言っているしな」

「なるほど。リベジェス両師団員と婚約を結ばせた方が国益になりますからね。それに彼らは外見も優れていますから、王女殿下達も喜ばれるでしょう」

 アドリアヌスと宰相は、優秀な人材を王家に取り込むために、リベジェス両師団員といずれかの王女を婚約させようと計画する。
 王女達を可愛がり、とても大切に思っているアドリアヌスだが、その娘達と結婚させてでも、優秀な彼らを確実に王家に取り込まなければならない、と思っているのだ。

「彼らが気まぐれを起こして退団すると言い出す前に、褒賞の話を進めなければなりません」

「うむ。彼らは貴重な人材だからな。王都に戻り次第、手厚くもてなすように」

「はい、かしこまりました」

 国王や宰相がどうしても手元に置いておきたいと望むリベジェス両師団員は、二年ほど前に突然デルクセン王国に現れた双子の兄弟だ。

 彼らは名をラミロとカミロと言った。

 彼らは優秀な魔法使いで、魔法師団の入団テストに於いて二人とも同点で過去最高点を叩き出した。
 最高得点とは言っても、計測が不可能なため満点にするしかなかった、というのが実情だが。

 魔法師団に優秀すぎる成績で入団した二人は、あっという間に頭角を現した。
 その功績は素晴らしいものばかりで、近い将来最年少の師団長と副団長になるのではないか、と誰もが期待するほどであった。

 デルクセン王国は君主制で貴族が優遇されているものの、他の国よりは実力を重視している。だからたとえ平民でも優秀なものであれば爵位を与えられるのだ。

 ラミロとカミロの二人も、リベジェスという姓はあるものの、元は孤児だったという。
 成人し孤児院から退院する時、孤児院の院長から姓を教えられたらしい。

 元は孤児だったリベジェス兄弟だが、その立ち振舞いは優雅でスキがなく、孤児院で育ったとは思えないほど洗練されていた。
 今ではこの国で彼らを孤児だと馬鹿にする者は誰もいない。
 それは比喩でも何でも無く、昔彼らをバカにした者は貴族だろうが大商人だろうが、身分関係なく全員がこの国から姿を消しているのだ。

 行方不明になった者たちをリベジェス兄弟が殺めたのでは?、と疑うものも沢山いたが、証拠が全く見付からず、権力者の間では『リベジェス兄弟を敵に回してはいけない』と言うのが暗黙の了解となっている。

 そんな権力者達に恐れられているリベジェス兄弟であるが、年頃の令嬢たちからの人気はすこぶる高い。
 少し薄めの金色の髪に、同じ金色の瞳の彼らはとても容姿が整っており、そこらの貴族子息よりも余程貴公子然としている。
 元孤児で平民な彼らだが、身分など関係ないと言わんばかりに令嬢たちからアプローチされまくり、それが鬱陶しいのか最近はパーティーに招待されても全く参加しなくなってしまった。

 ちなみに見た目そっくりな彼らを見分けるのは至難の業で、未だこの国で彼らを見分けられるものはいない。
 彼ら曰く、過去三人に見破られたことがあるらしいが、それも真実かどうかはわからない。

 彼らはかなり気まぐれで、お互いの身分を入れ替えるのは日常茶飯事なのだ。それでも業務に一切の支障が無いので、上司達も怒るに怒れない。
 もはや本人達でさえ自分がラミロなのか、それともカミロなのかわからないのではないか、と誰もが思っているのだ。

 デルクセン王国の社交界の話題を独占している二人だが、今回のスタンピード制圧で国王より直々に褒賞を与えられるらしい、という噂が国中を駆け巡った。

 今回起こったスタンピードは、一歩間違えると国中に魔物が溢れるほど前代未聞の、最低最悪なものだった。
 そんな危機を乗り越え国を救った英雄たちを、国民全てが感謝し、尊敬している。

 ──そしてスタンピード制圧から一週間後。
 救国の英雄たちが、バラーチェク地方から戻ってくるという噂が王都中を駆け巡った。
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