巫女見習いの私、悪魔に溺愛されたら何故か聖女になってしまいました。

双璧02

番外編 双璧02

 デルクセン王国のバラーチェク地方で発生した、前代未聞の規模のスタンピードは王国に甚大なる被害を与えたものの、奇跡的に死者を出すこと無く、王国が誇る魔術師団によって沈静化された。

 しかし優秀な魔術師団とはいえ、リベジェス兄弟──ラミロ・リベジェスとカミロ・リベジェスの二人がいなければ、確実に全滅していただろう。

 魔術師団だけでなく王国を救うという偉業を成し遂げた二人を、国民全員が感謝し、そして褒め称えた。
 実際、王都に戻れば凱旋パレードが開かれ、王宮で国王自らリベジェス兄弟に褒賞が与えられることが決定している。

 リベジェス兄弟ばかりが話題に上がっているが、魔術師団の面々の功績もかなり大きい。
 彼らにも何らかの褒賞が与えられるだろう、と言われていることもあり、師団員たちはソワソワと落ち着きがない。

「褒賞って何が貰えるんだろうな?」

「普通に金じゃね? 俺、その金で美味いもん食う!」

「まあ、金があれば何でも買えるしな。俺は王都に屋敷が欲しい」

「じゃあ、俺は田舎の土地! 老後はそこで暮らす!」

 師団員たちが楽しそうに雑談している。いつもより彼らのテンションが高いのは、無事家に帰れる喜びのせいだろう。

 今回のスタンピードの規模に、百戦錬磨の師団員達も流石に死を悟った。自分達は生きて帰れないだろうと。
 しかしまだ入団して二年目の、新人っぽさが抜けきっていない少年二人の活躍のお陰で、負傷者はいくらか出たものの、誰一人失うこと無く帰還できるのだ。その喜びようは、普段寡黙な人間が饒舌になってもおかしくないぐらいだった。

「そこの英雄さん達は何が欲しい? 今なら望むもの何でも貰えるかもよ?」

 師団員の一人が、のんびり寛いでいた二人──今回の魔物討伐最大の功労者であるラミロとカミロに声をかけた。

「地位と名誉」

「は?」

 ラミロとカミロはそっくりなので、どちらが答えたのかはわからない。しかし、予想外の答えに、質問した師団員は思わず呆気にとられてしまう。

「んん? 地位と名誉? お前らがそんなものを欲しがるとは意外だなぁ」

「地位はともかく、もう名誉は手に入ったんじゃね?」

「そうそう、巷では二人のことを”双璧の魔術師”って呼んでるらしいし」

「その歳で二つ名持ちか。すげぇなー……」

「へぇ。”双璧”ってよく言ったもんだなぁ。双子にぴったりじゃねぇか」

 師団員たちが言う通り、リベジェス兄弟は英雄と讃えられており、すでに名誉は手に入ったも同然であった。

「でも地位って言ったってどんな地位だ? お前らならその内師団長になれるだろうし、金も貯めてるんだから爵位だって買えるんじゃねーの?」

 魔術師団は国でも一、二を争うほどのエリート集団で、その分待遇は手厚く、かなりの高給取りだ。
 リベジェス兄弟も入団二年目とはいえ、例に漏れず高額の報酬を得ている。しかし彼らは浪費癖がなく、むしろ倹約家だった。しかも必要最低限のものしか持とうとしないので、他の団員たちがもっと贅沢をすればいいのに、と心配するほどだ。
 彼らのその清貧な性格はきっと、孤児院で育ったからだろう。

 卓越した魔法の才能があり、高給取りで見た目もよく、次期師団長だと誰もが認めるリベジェス兄弟であっても、平民である彼らが地位を手に入れることは簡単ではなかった。

「金で爵位を買う方法も考えたけどね。でもそんなの、らしくないしねぇ」

「そうそう、叙爵に時間が掛かりそうなら仕方なく買ってたかもしれないけどね。でもどうせなら、ちゃんと功績を上げて王様から叙爵されたいよねぇ」

 大金を払い、地方の没落寸前の貴族や跡取りがいない貴族の養子となれば、爵位は手に入れることができる。しかし彼らはそんな方法で貴族になっても、彼女が喜ばないと理解しているのだ。

「え、マジで?! お前らは一番そういうのを嫌うと思ってたけどなぁ」

「束縛とか嫌いそうだもんな」

「自分達以外に興味無さそうなのにな……意外だわ」

 師団員たちが言う通り、リベジェス兄弟は自由を好んでいる。自分達を縛り付けようとするものは人間だろうが権力だろうが、完膚なきまでに叩き潰そうとするだろう。
 そんな性格の双子が、自身をこの国に縛り付けるような爵位を自らが望むとは──師団員たちは全く思ってもみなかったので、驚きを隠せない様子である。

「どうしてそんなに爵位が欲しいんだ?」

「気になる気になる!」

「……まさか! 好きな女が貴族令嬢で、身分差を気にして、とか……?」

「え! お前ら好きな女いたん? だからあんだけの人数フッたんか?!」

「身分が高いっていっても、こいつらこの前、侯爵家や伯爵家の令嬢たちにお断りしてたよな?!」

「だとしたら……まさか意中の相手は王女……っ?!」

「「いやいや、それはないから」」

 好き勝手想像する師団員たちを放置していた双子だったが、意中の相手が王女だと思われるのは我慢できなかったらしく、間髪入れずに否定する。

「え〜〜? この国の王女、皆んな若くて可愛いのに?」

「せやせや! 上玉ばっかりやん! 美女から美少女まで揃ってるし!」

 師団員たちが言うように、この国の王女たちは人気が高く、まだ婚約者がいない王女を狙う者は沢山いる。

「でもよー。王女たちがお前らを狙ってるって噂もあるぜ? 逆玉の輿じゃん」

「「え、無理」」

 即答である。

 年頃の男だったら誰もが熱望する王女たちに、双子は全く興味がないようだ。

「じゃあ一体誰なら良いんだよ!! 王女以上の女なんているか?!」

「そうだそうだ! ちょっとモテるからって調子に乗るな!!」

「……ちょっとどころじゃないけどな」

「だったらもうお前らパーティーに来んなよ!! 俺らが毎回どんな想いをしてるか……っ!! ……くっ……!!」

「いつも訓練所とか団員寮の前で出待ちしてる令嬢たちもお前ら目当てだろ? あれ、すっげー邪魔なんだけど。どうにかなんねぇ?」

「お前ら宛ての手紙頼まれんのもう嫌なんだよ!! とっとと彼女作れよ!! マジでっ!!」

「実際、王女とか貴族令嬢が嫌なら誰が良いんだ?」

「もしかして男の方が……?」

 リベジェス兄弟をやっかんでいた師団員たちが一斉に抗議の声を上げる。どうやら普段から双子に対して相当鬱憤が溜まっていたようだ。

「「聖女だよ」」

「へ?」

「はぁ?」

「え?」

 リベジェス兄弟の言葉に、一瞬、その場がシン……と静まり返った。

「……いやいや、聖女って法国の? まさか違う……よな……?」

 一般的に聖女と呼ばれるのは、希少な聖属性を持つ女性のことだ。現在、聖女は全員が法国の管理下にあり、滅多に人前に姿を現さない。
 法国の聖職者たちの中でも一部の高位の者でないと、姿を見ることすら出来ないという。

 リベジェス兄弟の想い人が本当に聖女なら、確かに一国の王女より遥かに高貴な存在であろう。

「法国の聖女なわけ無いじゃん」

「会ったこともないのに」

双子がやれやれと呆れたように言う様子に、師団員たちはまたからかわれたのかと腹を立てる。

「はぁあ?! お前らふざけてんのかっ?!」

「じゃあ、聖女ってどういう意味だよっ?!」

「何だあだ名か?」

「そんなあだ名の令嬢なんていたっけ?」

「めっちゃ優しい令嬢って言ったらバウマン家の?」

「え? カルス家の令嬢じゃねぇの? あれ? ダンメルス家だっけ?」

「はぁ〜〜? もう誰だよっ?! ヒントくれよっ!!」

 どれも仮定の話ばかりで、真相が全くわからない団員たちが痺れを切らしだした。いい加減リベジェス兄弟の想い人が気になって仕方がないらしい。

 もうちょっとからかってやろうと思っていた双子だったが、今日はとても機嫌がいいということもあり、珍しく師団員たちの疑問に答えてあげることにした。

「「ソリヤの聖女だよ」」

 双子は団員たちに答えを明かすと、その相手の姿を思い浮かべているのか、ふわりと鮮やかに微笑んだ。いつも浮かべている形だけの笑顔とは明らかに違う笑顔だ。

 初めて見る双子の、心から喜びが溢れるような笑顔に、ここにいる全員が驚きで言葉を失ってしまう。

「あ〜、会いたいなぁ」

「会いたいねぇ。でも、もうすぐ会えるよ」

「叙爵されたらすぐ迎えに行こう!」

「そうだね! アイツに先を越されないようにしないと!」

「まだ間に合うかな?」

「間に合うと良いけど、どうかな。……アイツも必死だろうし」

 未だに絶句している団員たちを放置したまま、双子は二人にしかわからない会話を続けている。

 その様子は、もう双子の頭の中には想い人である「ソリヤの聖女」のことしか入っていないのだろうな、と誰もが思うほどであった。
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