巫女見習いの私、悪魔に溺愛されたら何故か聖女になってしまいました。

爆風02

番外編 爆風02

 フォルシアン共和国の国家元首が滞在し、官僚も出入りする官邸の警備は厳重で、防御結界が幾重にも張られており、人が出入りする際のチェックはかなり厳しく制限されている。

 そんな官邸の廊下を、フードを被った如何にも怪しげな人物が歩いていた。

 官邸に入る人間は身体検査の上、所持品もチェックされる。武器や何かの術式が施されたものは、持ち主が誰であろうと例外なく没収されるのだ。
 しかしフードの人物は剣を腰に下げ、身体を守護する術式が描かれたローブを身に纏っている。

 通常であれば官邸の入口で剣やローブを没収されるはずなのに、そのままの姿で官邸の廊下を歩いているこの人物は、官邸入口から入ったのではなく、結界をすり抜け、官邸へ侵入しているのだ。

「……チッ、毎度毎度面倒くせーな、ったく」

 悪態をつきながらその人物がフードを脱ぐと、廊下の窓から差し込む光を受けてキラキラと煌く銀色の髪の毛が現れた。

 ここフォルシアン共和国に於いて、銀色の髪を持つのは十二の家門の一つ、ベルクヴァイン家に連なる者だけだ。

 官邸に不法侵入しているこの人物は、フォルシアン共和国の軍部を担うベルクヴァイン家の嫡男──クルト・ベルクヴァインであった。

「……っ! クルト様!!」

 クルトの背後から可愛らしい少女の、彼を呼ぶ声がする。
 しかしクルトはそのまま廊下をズンズン進んでいく。その様子はまるで少女の声など聞こえていないかのようだ。

「え? え? あの……っ!」

 まさか無視されると思わなかったのだろう、声を掛けた少女は酷く狼狽えている。

 普通の少女であれば、気後れしてそのまま退場しただろうが、クルトに声を掛けた少女は再びクルトに接触を試みる。

「クルト様!! ……〜〜〜〜っ!! クルト・ベルクヴァイン!!」

 無視され続けた少女が思い切ってその名を叫ぶ。これには流石のクルトも反応せざるを得なかったようで、ようやくその長い足を止めた。

「あ゙あ゙っ?! 誰だてめぇ?」

 その綺麗な顔に反比例して、クルトの口はめちゃくちゃ悪い。
 その口の悪さは誰に対してもそうで、たとえ相手がこの国の元首でも父親でも態度が変わることはない。
 だが、そんな彼でも唯一例外がいる──それは彼に剣を教えた人物だ。

「……っ?! わ、わたくしを知らない……? 今まで何度かお会いしたじゃないっ!! わたくしはこの国の元首、マルヴァレフトの娘よ?! 覚えてないの?!」

「知らね」

「!?」

 現在フォルシアン共和国の国家元首は十二の家門の一つ、マルヴァレフト家が務めている。
 クルトに声を掛けたのは、エヴェリーナ・マルヴァレフト──現元首であるエサイアス・マルヴァレフトの愛娘だった。

 エヴェリーナは元首の娘という立場と共に、その愛らしい容姿で国民からの人気が非常に高い少女だ。
 ちなみに彼女が身に着けた服やアクセサリーが話題になり、同じ品を買い求める女性たちが店に殺到するぐらい、エヴェリーナは影響力を持っている。

「で、そのマル何とかがどうしたか知らねーが、今急いでんだから邪魔すんな」

「……なっ、な……っ?!」

 今までチヤホヤされてきたエヴェリーナは、クルトの態度に酷くショックを受ける。

 クルトはあまりに口が悪かったため、父親から社交界や公の場では「絶対に喋るな!!」と厳命されており、常に無言を貫いていた。
 そんなクルトを「クールで格好良い」「本当はシャイで内気」と、勘違いした令嬢たちは多数存在する。
 実際エヴェリーナもそんな令嬢達同様、クルトはクールな性格なのだ、と勝手に思い込んでしまっていたのだ。

 初めて会った時、クルトに一目惚れしたエヴェリーナは、どうにかして彼とお近づきになりたいと願っていた。
 用事もないのに官邸をウロウロしているのも、クルトがよく官邸に顔を出していると聞きつけ、偶然を装って出会いを演出するためだったのだ。

 そうして、ようやくクルトの姿を見つけて声を掛けたまでは良かったが、肝心のクルトは自分を全く知らないという。

 国民から人気があり、国家元首の娘で今まで人から冷たい態度を取られたことがないエヴェリーナは、あまりのことに絶句してしまう。

 しかもエヴェリーナがショックで震えているにも関わらず、クルトは全く興味を示さずその場を去ろうとするではないか。

「……! ちょ、ちょっと待……っ?!」

 立ち去るクルトに向かって、手を伸ばして引き留めようとしたエヴェリーナは息を飲む。

「──ひっ……?!」

 何故なら、彼女の首元にはいつの間にか剣先が向けられていて、少しでも動こうものなら、鋭利なその刃がエヴェリーナの白い肌を鮮血に染め上げるからだ。

「……俺に触るな。殺すぞ?」

 クルトから殺気混じりの威圧と視線を向けられたエヴェリーナは、腰を抜かしたのか、ズルズルとその場に倒れ込む。
 顔色は真っ青を通り越して真っ白で、恐怖のあまり一言も発することが出来ない。

 床に倒れたエヴェリーナを一瞥し、クルトは再び歩き出す。

 多少やり過ぎなきらいはあるものの、彼はいつもこうして言い寄る女性たちを牽制しているのだ。

 どのような美しい女性たちであっても、クルトは一向に興味を示さない。彼の心の中には他の女性が入れるような隙は一切ない。

 ──それは、ただ一人の少女だけが、ずっとクルトの心を占領しているからだ。

 クルトは逸る気持ちを抑えながら、長い廊下を進んでいく。

「親父、入るぞ」

 重厚で豪華な扉をノックもせずに開け放ったクルトが入った部屋は、ベルクヴァイン家当主の執務室だ。
 この執務室にはフォルシアン共和国とその海外地域の防衛を担当する、軍事組織本部としての役割もある。

「お前、いい加減ノックぐらいしろや。それはそうと今日も無事魔物を討伐出来たようだな。シェーオルムが出たと聞いた時は流石にヒヤッとしたぞ」

 クルトの非礼を様式美のように諌めた人物は、ベルクヴァイン家当主であるヴァルト・ベルクヴァインだ。
 ベルクヴァイン家特有の銀色の髪を持っているが、クルトより大柄で筋肉隆々な体格をしている、如何にも武闘派な人物だ。

「うっせぇ。親父がヒヤッとなんかするわけねぇだろ。とにかく今回のシェーオルム討伐で俺は”約束”を果たしたぞ」

「まあ、そうだな。シェーオルムの素材となればかなりの金額となるだろうしな……十分金は貯まっただろうな」

「じゃあ……」

「うむ。二年前に交わした”約束”は果たされた。後はお前の好きにしろ──ただし、それはお前がその資格を得ただけの話だからな。勘違いするなよ?」

「……っしゃ! やったぜっ!!」

 ヴァルトからようやく許可を得たクルトは喜びにぐっと拳を握りしめる。

「……おい、聞いてるか? まだ彼女と結婚して良いって訳じゃないんだぞ?」

「わかってるって!! 師匠から許可を貰えりゃ良いんだろ?!」

「……覚えてるなら良いけどよ」

 ヴァルトは「しょうがねぇなぁ」と思いつつ、息子のクルトが喜ぶ顔を見て、その成長した姿に嬉しくなる。クルトがここまで立派に成長するとは、クルトが生まれた当時は夢にも思わなかったのだ。

 ──この子は五歳まで生きられない──

 一昔前、ベルクヴァイン家の誰もがそう思い、悲しみに暮れている時期があった。

 クルトは生まれた時から膨大な量の魔力を持っており、その魔力のコントロールが上手く出来ず、何度もその生命を危険に晒していた。
 しかも珍しい二属性の持ち主で、誰もクルトの能力を制御出来なかったのだ。

 それは父親であるヴァルトも同様で、当時”フォルシアンの守護神”と称されていたベルクヴァイン家当主の実力を持ってしても、その能力を持て余していた。

 ヴァルトはクルトの能力を封じるか、もしくは制御できるような人物がいないか大陸中を探し回ったが、そのような人物はアルムストレイム神聖王国か、バルドゥル帝国ぐらいにしか存在していなかった。
 しかし、それぞれが高位で要職に就いている者ばかりで、フォルシアン共和国に招こうにも調整が必要で、そう簡単には行かなかったのだ。

 更に悪いことに、クルトが成長するに連れその魔力は強くなっていった。
 このままでは自身の魔力でその身を破滅させてしまう──と思われた時、ヴァルトの元へ朗報が届く。

 その朗報とは、”史上最強”と謳われたアルムストレイム神聖王国が誇る、大聖アムレアン騎士団の団長が、他国の辺境にある孤児院にいるという、信じられない話であった。

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