巫女見習いの私、悪魔に溺愛されたら何故か聖女になってしまいました。

爆風01

番外編 爆風01

 五大国に名を連ねるフォルシアン共和国は、君主制が多いこの世界で珍しく共和国と謳っていた。

 優秀な者であれば、平民でも国家元首に選ばれる。しかし、それは表向きの体制であり、実際は強い権力を持つ十二の家門が相談し、国家元首を輩出しているのだ。

 十二の家門はそれぞれが国の重要な役割を担っており、最早フォルシアン共和国は実質、この十二の家門に支配されていると言っても過言ではない。

 フォルシアン共和国は大陸の南側に位置する海洋国家で、豊富な資源に恵まれており、諸外国との貿易が盛んな商業が中心の国である。

 広大な領海を持つフォルシアン共和国には立派に整備された港が幾つもあり、世界中の国の船が集まる港は、共和国の重要な貿易拠点となっている。

 中でもリンドブロム地方にあるクロンバリ港は、共和国最大の貿易港で、この国の経済のほぼ三分の一を支えている。

 フォルシアン共和国は海洋国家のため、大陸国家のように他国からの影響を受けにくく、領土侵攻の危機は少ないが、国家予算の中の防衛費の割合はかなり高い。
 それは何故かと言うと、この国を行き来する貿易船を狙う海賊や、海の魔物から船や人々を守るため、常に練度が高い軍隊が必要とされているからだ。

 そして最近、領海内に魔物が現れる頻度が高くなり、貿易船だけでなく海賊船も襲われる回数が増えている、という噂が船乗りの間で流れていた。
 その噂通りなら人的被害や物的被害は甚大で、共和国の経済にかなりの大打撃を与えただろう。港も閉鎖され、貿易船の入港も停止されるはずだ。
 しかし、港は何事もなく開かれていて、何時ものように多数の船が行き来している。

 魔物の話は単なる噂か、と思われた時、フォルシアン共和国から100キロの沖合で、クロンバリ港へ向かっていた船から少し離れたところに、海の巨大な魔物であるシェーオルムが突如現れ、船員たちはパニックになる。

「うわぁあああ!! 魔物だ!! 魔物が出たぞっ!!」

「こ、こっちに向かって来るぞっ!! 船を切れっ!! 針路を変えろっ!!」

「畜生がっ!! もうすぐ港に着くっていうのにこのタイミングかよっ!!」

「船に寄せ付けるなっ!! 持ち堪えろっ!!」

「し、しかし船長!! 救護船が来るまで3時間はかかります!!」

「とにかく持ち堪えるしかねぇっ!! 何とか粘れっ!!」

 シェーオルムは海蛇に似た魔物で、魚はもちろん、船や人間も餌とする強力な魔物だ。
 体全体にあらゆる武器を跳ね返す強固な鱗を纏っており、口には巨大な刃のような歯を持っている。シェーオルムが船に追いつく前に退治しないと、船はあっという間に沈められてしまうだろう。

「奴を近づけさせるなっ!!」

 船員たちがシェーオルムに向かって一斉に銛を投げつけるが、一つも刺さることなく、その身体に一つの傷も付けることが出来ない。

「くそっ!! 無傷だとっ?!」

「魔法で攻撃しろ! 少しでも足止めをするんだ!!」

 船の護衛として雇われている傭兵たちが、攻撃魔法の詠唱を開始する。
 それぞれの持つ属性魔法が、シェーオルムに放たれる。

 風の刃が走り、海底から土の杭が伸び、灼熱の炎の塊が燃え盛り、それぞれの魔法がシェーオルムを攻撃する。しかし風の刃は鎧のような鱗に弾かれ、土の杭は逆巻く波に壊され、炎の玉はシェーオルムの口から吐き出される炎に相殺される。

「魔法が効かないだとっ!!」

「馬鹿なっ!!」

「揺り返しが来るぞっ!! 何かに掴まれっ!!」

 シェーオルムが起こした波が、更に大きくなって船を襲う。膨大な水のエネルギーが荒れ狂う波となって、船を沈めようと飛び掛かってくる。
 海の怪物の異名通りシェーオルムは強過ぎた。とてもじゃないが、人間が太刀打ちできるような存在ではなかったのだ。
 
 ──もう駄目だっ!!

 船に乗っていた船員全員が、己の運の悪さを嘆きつつ死を覚悟した、その時──。

「うおらぁあああああっ!! 死ねやこのクソ蛇があっ!!!」

 ゴオォッという風の音とともに、上空から誰かの声がしたかと思うと、世界から音が消えたかのような、一瞬の静寂が訪れた。そして──……。

 ”ドォオオオオオーーーーーーーン!!!”という爆発音の後、まるで身体が引裂かれそうな強い風が吹き荒れる。

「うわぁあああ!!」

「ぎゃーーーーーっ!! 落ちるーーーーーっ!!」

「た、助けてーーーーーっ!!」

 まるで嵐が一点に集中したかのような、とてつもなく強い風が船を襲う。しかしそれは船を壊そうとする力ではないことに、歴戦の船長だけが気付く。

「──なっ?!」

 荒れ狂う風の中、船長が一瞬目を開けた時、信じられない光景が目に入り、船長は絶句する。

”ギャオォーーーーーーーッ!!”

 海の怪物が、巨大な魔物であるシェーオルムが、海から叩き出されたかのように、宙に浮いていたのだ。
 未だ嘗てこの怪物の全身の姿を見た者はいないだろう。

 何かの力によって弾き飛ばされたシェーオルムの巨体が、海に叩きつけられる。

 身体全身を硬い鱗に守られたシェーオルムであるが、如何に最強の魔物であっても、内臓は普通の生き物と変わらず柔らかい。

 海に叩きつけられたシェーオルムの体の中は、衝撃を逃がすことが出来ず、硬い鱗の中で掻き混ぜられた状態となったのだ。

 内蔵を潰されたシェーオルムは瀕死となり、ろくに抵抗できないまま海に沈んで行く。きっとそのまま絶命してしまうだろう。

「おっと! 大切な資金源だからな! 沈めちまうなんて勿体ねぇ!!」

 シェーオルムをボコったらしい、フードを被った人物が魔法を詠唱する。

『我が力の源よ 凛冽の白い息吹で 世界を白き墓標で埋め尽くせ アルゲオ・ムンドゥス!!』

 フードの人物が魔法を展開すると、荒れていた海があっという間に凍りつき、周辺一帯を白い世界へと変える。

「な……っ?! 海が凍った?!」

「まさかっ!! こんなことが……っ?!」

「これは水属性の上位、氷魔法……!!」

「あ、ありえない……!! こんな凄まじい威力の魔法、見たことがない……!!」

「え、でも空を飛んで……。あ! まさか、二属性……?!」

 船員たちは海が凍ったことに驚愕し、魔法使いたちはその魔力に畏怖の念を抱く。

「シェーオルムが倒された……?」

「よっしゃーーーっ!! 生き残ったーーーっ!!」

「やったな!! 帰ったら一杯やろうぜ!!」

「ばっ……! おま、それフラグ……!!」

「へ?」

 船員たちが安心したのも束の間、氷の上で倒れていたシェーオルムが、最後の力を振り絞ったのだろう、炎の息を吐き出そうと大きく口を開いた。

”グォオ……──ッ!!”

「させるかバーーーーーーカッ!! とっとと死ねやっ!!!」

 フードの人物はローブの中の剣を素早く抜き取ると、剣に風を纏わせてシェーオルムへと斬りつける。

”グギャァアアアアーーーーーーーーーーッ!!!”

 あれほど攻撃を受けても傷一つつかなかったシェーオルムの身体が、頭から真っ二つに斬り裂かれる。

 力を失ったシェーオルムの身体が、氷の上に崩れ落ちる。今度こそ、シェーオルムはその生命活動を完全に停止した。

「あー、だりぃ。ったく、身体の損傷無しで持って帰りたかったのによー。値段が下んじゃねーか。クソがっ!」

 フードの人物が忌々しげに吐き捨てた。どうやらシェーオルムの最後の抵抗に腹を立てているらしい。

「クルト様ーーーーーっ!! ご無事ですかっ?!」

 船員や傭兵たちが呆然としていると、鎧を身に着けた一団が船に乗って駆けつけた。

「俺が怪我するわけねーだろうがっ」

 クルトと呼ばれたフードの人物が悪態をつく。今はかなりご機嫌斜めのようだ。

「ご無事で何よりです。それにしてもシェーオルムですか……これはまた大物ですな」

 鎧を身に着けた一団の中で、壮年の上官らしき者が倒されたシェーオルムを見て感嘆の声をあげる。

 その様子を大人しく見ていた船員たちは、上官の鎧に刻まれた紋章を見てあ、と思う。

「あの紋章、ベルクヴァイン家直轄の……?!」

「うわぁ……あれが噂の精鋭部隊か。初めて見た……」

 フォルシアン共和国の十二の家門の一つ、ベルクヴァイン家はこの国で軍部を担っている家門である。
 官邸の警備はもちろん、都市部の治安維持や港の警備、魔物の討伐などを行っており、フォルシアン共和国防衛の要となっている。

 多数の部隊を所有するベルクヴァイン家だが、その中でも選ばれた精鋭で構成されている魔導部隊は、滅多なことでない限り姿を見せないと言われていた。
 しかし、海の怪物と呼ばれるシェーオルムが現れたことにより、急遽討伐に駆り出されたのだろう。

「これ、ちょっと傷があるけど、高値で売れると思うか?」

 頭が真っ二つになっている状態を”ちょっとの傷”と言い切るところに恐ろしさを感じるが、上官らしき人物は慣れた様子で返答する。

「そうですな。シェーオルムは滅多に現れない魔物ですからな。この状態でもクルト様の目標額には十分届くかと思われます」

 上官が言う通り、シェーオルムの素材は、まず市場に出回らない。一般の人間なら一生お目にかかれないほどの希少なものだろう。

「っしゃーーー!! やっと貯まったぜ!! 畜生、クソ親父ざまーみろってんだ!!」

 何かの試練を乗り越えたらしきフードの人物がガッツポーズを取る。その拍子に、被っていたフードが捲れ、素顔が顕になる。

 シェーオルムを倒した程の魔法と剣技に、声は若いものの歴戦の猛者を想像していた船員たちは呆気にとられる。
 その人物は予想以上に若く、言葉遣いとは正反対の綺麗な顔をした少年だったのだ。

「まさか、あれがベルクヴァインの<爆風>……?!」

 傭兵の男は少年の容貌と”クルト”の名前を照らし合わせ、シェーオルムを倒した人物がベルクヴァイン家の嫡男で<爆風>の異名を持つ魔法剣士、クルト・ベルクヴァインだと理解した。
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