巫女見習いの私、悪魔に溺愛されたら何故か聖女になってしまいました。

最終話01

番外編 最終話01

 三年ぶりに見たサラは、少し大人びていて更に美しくなっていた。

 それでも子供たちに接する姿は昔のままで、その笑顔を思い出す度にクルトの胸は締め付けられ、切なさで苦しくなる。

 シスに連れられ、サラの姿を見てからずっと、クルトは自分の気持ちを整理できずにいた。

 成人し、孤児院からベルクヴァイン家に戻った後、ずっと精力的に戦い続けてきたクルトだったが、それは自分が貯めたお金でサラを喜ばせ、ゆくゆくは彼女と結婚したいという目標があったからだ。
 そのために父親と交渉し、目標金額が貯まればサラを迎え入れていいと許可も貰っていた。

 正直、父親もサラを可愛がっていたから、金額関係なく許可をしていたと思うけれど。

 ──もしあの時、孤児院を去る前に、せめてサラに自分の気持ちを伝えていたら、何かが変わっていたのだろうか──……なんて、諦めの悪いことを考えている自分を女々しく思い、ずっと自己嫌悪を繰り返している。

 すっかり覇気を失くしたクルトに、何かを察した父親が心配そうな目を向けてくるけれど、それすら今のクルトにはどうでも良かった。もう何も見たくないし、何も聞きたくなかったのだ。

 そうしてしばらく経った頃、自堕落になったクルトのもとに、ラミロとカミロがやってきた。

 双子たちも昔交わしたサラとの約束のために、必死に功績を上げ、叙爵されることが決まっていたという。
 それだけで二人がどれだけ頑張ってきたのかがよくわかる。平民が爵位を与えられる機会など無いに等しいからだ。

「クルト元気ー?」

「なわけ無いよね」

 双子たちはいつもと変わらない様子でクルトに話しかけてきた。

「お前らは随分元気だなぁ。サラのことはもういいのか?」

 クルトは自分に負けないぐらい、双子たちが本気でサラを好きなことを知っている。
 だからそう簡単に二人がサラを忘れるとは思っていないが、わざと意地悪を言っているのだ。

「もー、わかってるくせに聞かないでよね!」

「僕たちだって、ずっとサラだけを見てきたのにさ」

「そんなにすぐ吹っ切れる訳ないじゃん!」

「そうそう! クルトはサラ以外にはドSだよね!」

 双子たちが抗議の声を上げる。一人でさえ煩いのに、双子の相乗効果なのか、倍以上にうるさく感じる。

「……うるせぇなぁ。で、何しに来たんだよ……」

「一緒にサラの結婚式に行かない?」

「……は?」

「サラの晴れ姿見たくない?」

 予想外の言葉を双子たちから掛けられ、クルトが絶句する。
 確かに、シスから聞かされていた結婚式の日はもう間近に迫っていた。

「……お前たちはサラが他の男と結婚するところを、平気で見れるのか?」

 未だにサラを諦められないクルトには、とてもじゃないが無理だった。
 狭量だと思われても構わない。でも今のままでは、とてもじゃないがサラを祝う勇気がなかったのだ。

「もちろん平気じゃないと思う。……でも、サラの門出を祝えないのはもっと辛いからさ」

「今サラに会わないと、これから先、絶対後悔するってわかるから、だから……」

 ──今は辛くても、サラの幸せそうな姿を見たいのだ、と双子たちは言う。

「この歳になってあんなに大泣きしたのは初めてだよ」

「死にそうな怪我をしても泣かなかったのにね」

 離宮でサラを見た後、双子たちは思いっきり泣いたらしい。
 そして泣き疲れ、ぐっすり眠ったことで、少しだけ前向きになれたという。

 クルトは双子たちの話を聞いて、そう言えば最後に泣いたのは何時だろう、と考えた。しかしいくら記憶を遡っても、思い出すことは出来ない。

「クルトも思いっきり泣いてみたらどう?」

「そうだよ。泣くことは恥ずかしいことじゃないんだからさ」

 性格が素直じゃないクルトは、泣く人間は弱いと思い込んでいた。だから無意識に我慢していたのかもしれない。
 でも双子たちの前向きな姿に、自分の考えが間違っていたのだと気付かされたのだ。

 クルトは泣けない自分より、感情の赴くまま泣ける双子の方が、自分よりずっと強いと思う。

「……考えとく」

 泣いていいんだと気付いても、そんなすぐに泣ける訳もなく、そっけない返事をしたクルトに、双子たちは「クルトはそう言うよね」「クルトだしね」と呆れたように、笑いながら帰って行った。

 サラを巡るライバルの双子たちではあるが、長い付き合いの親友なのは間違いなく、そんな二人の存在が、今はとても有難かった。

 そうして、再び一人になった部屋で、クルトは静かにサラを想う。

 気が付けばサラのことが好きだった。まるで息を吸うようにごく自然に、それが当たり前のように。

 だけど素直じゃない自分は、サラに対していつもきつい言葉を投げつけていた。
 本当は見惚れるほど綺麗だと思った髪の色も、褒めるのが恥ずかしくて、変な色だとからかっていたのだ。

 自分のせいで、サラの自己評価が低くなってしまったけれど、その方が自分にとって都合が良いと、勝手に思い込んでいた。

 サラだって年頃の少女で、傷付かないわけ無いのに、何を言っても平気そうだからと、勘違いして調子に乗っていたのだ。

 そんな自分が、何度もサラを傷付けていた自分が、どうして彼女と幸せになれるのか……。

 後悔に苛まれた手で覆われた、クルトの顔の隙間から、ぽろりと涙がこぼれ落ちる。

 それからしばらくの間、クルトは声を漏らさずに、静かに泣き続けた。





 双子たちのように思いっきりではないが、久しぶりに泣いてみたクルトは、随分と気持ちが落ち着いていることに気が付いた。
 確かに、感情を抑え込まず開放することで、自分の気持ちに向き合えるような気がしたのだ。

 スッキリした頭になって、クルトが思ったことは唯一つ、”サラに会いたい”、という想いだった。

 自分を傷付けたクルトに、サラは会いたくないかもしれない。
 だけど、いつかきっとサラに許される日が来ると信じながら、時間だけが過ぎていくのを待つような、そんな愚か者にはなりたくなかったのだ。

 それにサラと会わずに、一生このまま生きていくのかと想像して、ゾッとしたのもある。

 ──だからクルトは覚悟を決めた。最後の勇気を振り絞るかのように。
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