ひねくれ御曹司は気高き蝶を慈しみたい
「大叔母さん、御加減いかが?」
「粧子かえ……」
粧子は忙しい仕事の合間を縫って大叔母であるモト子のもとへ訪れた。高齢の大叔母には友人と呼べる人もほとんどおらず、週三回のデイサービスの日以外は日がな一日中家に籠りきりだった。そんな大叔母が心配で粧子は可能な限り顔を出すようにしていた。
「おかずを持ってきたわ。大叔母さんの好きな切り干し大根とアジの干物ですよ」
「ん……」
築六十年を超える古民家の庭には見事なケヤキの木がそそり立っている。ケヤキの木が一番良く見える縁側に置かれた揺り椅子の上がモト子の定位置だった。
少し痩せたかしら……。
もともと寡黙な人であったが、この頃はとみに老いを感じる。この家を離れなければならないということが、心身に影響を及ぼしているのかもしれない。
バッグの中に忍ばせた介護施設のパンフレットのことを思い出し気が重くなる。
このまま家を出ることになったら大叔母の生きがいがなくなってしまうのではないか。
肉親の死をいくつも見送ってきた粧子だが、大叔母の死は考えるだけで辛いものがある。
「粧子」
「なあに?」
「……色々と迷惑を掛けてすまなかったね。ああするのが一番いいと思ったんだよ」
大叔母は粧子に改めて謝罪すると、またケヤキの木に視線を戻した。
「もういいのよ。大叔母さんの気持ちは嬉しかったもの」
やっぱり退去はもう少しだけ待ってもらえるように灯至に頼んでみようかと、粧子が思案したその時、玄関のインターフォンが鳴った。
「どちら様……」
玄関の戸を開けた粧子は驚きで目を見開いた。
「灯至さん……!?」
「ヒラマツに行ったら、ここに居ると聞いた。折角だから婆さんを直接説得してやろうかと思ってな」
灯至は挨拶もそこそこに、大叔母の家の中にずかずかと足を踏み入れた。わざわざ念を押しにやってくるなんてご苦労なことだ。