ひねくれ御曹司は気高き蝶を慈しみたい


「あ、もうこんな時間……」

 粧子は壁掛け時計の時刻を見ると、慌てて帰り支度を始めた。十一時を十五分ほど過ぎている。 
 灯至が仕事から帰って来る十一時頃までには家に帰ろうと思っていたのについ話し込んでしまった。
 帰ると告げると栞里と麻里はわざわざ玄関まで見送りに来てくれた。

「遅くまでお邪魔してすみませんでした。とっても楽しかったです」

 友人同士で楽しく食卓を囲うのは久し振りだった。
 学生の頃からヒラマツの手伝いをしていたため友人と遊び歩いたり、食事をしたりという機会にはあまり恵まれてこなかった。
 プライベートで遊ぶような友人も数えるほどしかいない。

「いえいえ。こちらこそこれからよろしくお願いします。もう遅いですし、タクシー呼びましょうか?」
「麻里、タクシーを呼ぶ必要はないみたいよ」

 栞里が後ろを見るようにジェスチャーを送ってくる。
 コンクリートの塀の前には私服姿の灯至が立っていた。

「灯至さん!!」
「粧子、帰るぞ」

 先ほどまで散々灯至の話をした後で、ご本人の登場とあってなんだか気まずい。
 暗くなかったら、粧子が赤面していることにすぐに気付かれていただろう。
 粧子は沢渡姉妹に軽く会釈をすると、迎えにきた灯至の後ろについて行った。

< 56 / 123 >

この作品をシェア

pagetop