ひねくれ御曹司は気高き蝶を慈しみたい
妻としての重責から解放されすっかり気が抜けた粧子は部屋の中でまったりと本を読んで過ごしていた。
そろそろ寝ようかと思った時、玄関の扉が開く音がしてベッドから跳ね起きた。
「おかえりなさい、灯至さん」
「まだ起きていたのか?」
玄関まで出迎えに行った粧子は灯至が脱いだコートを受け取り、ハンガーにかけ玄関脇のラックにしまった。
「あの……今日はお疲れ様でした。壇上の灯至さんは……とてもご立派でした」
「そうか」
粧子からの賛辞に灯至は素気なく答えた。結婚したての頃なら言葉のまま受け取っていたが、粧子とて多少は成長している。
「もしかして……褒められて照れてます……?」
「……うるさい」
頬をほんの少し赤らめ照れ隠しのように一拍遅れて毒を吐く灯至に粧子は胸をぐわしと鷲掴みされた。
か、可愛い……。
灯至のことを可愛いと思う日がやって来るなんて!!
数時間前に大勢の前で立派なプレゼンをした人とは思えない狼狽えぶりだった。
「今日はお疲れでしょう?お風呂沸かしてありますから入ってきてください」
「ああ」
珍しいものを見て気分が良くなった粧子は灯至のカバンを書斎に持っていくべく、廊下をパタパタと走り出した。
「粧子」
「なんでしょう?」
リビングの扉を開けようとした粧子を灯至が引き止める。
「あー…今日は妻としての役割を果たして貰えて助かった」
「……え?」
灯至は惚ける粧子の額にご褒美のキスを贈り、バスルームへと入って行った。
粧子は顔を真っ赤にして、額を押さえた。
灯至にお礼を言われるなんてはじめてのことかもしれない。明日は大雪に違いない。
この日、粧子の宝物が二つに増えた。