あの花が咲く頃、君に会いにいく。
優香さんが手すりに身を預けながら、ふっと自嘲的に笑った。



「私だって普通に生きたかった。勉強をして、放課後は友達と遊びに行って、部活をしたりバイトもしてみたかった。恋だって…。だけど私はそれを全部諦めるしかなかった。ずっと学校に行きたかった。健康な体が欲しかった」


「…それで、どうしてこの世に未練を残したまま悪霊になったの?」


「何もこの世でできなかったことが悔しくて、このまま逝くなんて嫌だったの。たとえ、悪霊になったとしても」



でもね、と振り返った優香さんの体が、少しずつ消えていることに気づいた。



「もう、いいの」


「…え?」


「私の未練はね、普通の日常を送ってみたかった。好きな本をオススメしたり、冗談を言い合ったり、一緒に笑ったり。そんな些細なことでいいの。誰かと一緒に過ごす時間がほしかった。そしてそれをくれたのが、紫音ちゃん、楓くん。あなたたち二人だった」



優香さんはこの世に残していた未練が、この世に留まっていた理由がなくなったんだ…。



「ありがとう。悪霊だった私を救ってくれて。私の本音に気づいてくれて」


「優香さん…」


「たくさん傷つけてごめんなさい。最期にあなたたち二人と出会えて、本当によかった。もうこの世に思い残すことなんてないわ」



最初に会った面影なんて全くないほど穏やかな笑顔で旅立っていった優香さんが消えた夜空に、そっと手を伸ばす。



どうか優香さんが次生まれてくる時には、普通の生活を送れますように。


この世に未練なんて残すことないくらい、笑ってくれますように。そう祈った。
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