あの日の誓い
俯いてしまったハナの心情を慮りつつ、しっかり前を向いて口を開く。
「私の同僚が不倫された末に離婚して、悲しい結末を目にしたからこそ、ハナの恋愛の行く末を考えました。奥様からご主人を奪い、略奪婚をしたとしても、彼が同じようにまた不倫をすることによって、ハナがしあわせになれないんじゃないかって」
「そうね……」
親友を心配する率直な意見を聞いた奥様は、少しだけ瞼を伏せて返事をした。私の気持ちを知ってもらった上で、直接見てもらえる事象を告げる。
「それを確かめるために、探偵事務所でご主人について調べてもらいました。その調査結果が、この書類にプリントされてます。そしてプリントされたあとに知らされた事実を、口頭で教えてもらいました」
「…………」
このことを説明するにあたり、自身の感情を悟られないように淡々と語った。私のセリフを聞いた奥様は、悲し気な目つきを見せて黙り込んでしまったけれど、私はそのまま話を続ける。
「こちらを、ご覧になるかどうか決めてください。もし必要であれば、この件を調査した探偵事務所の所員さんをご紹介します」
榊原さんには事前にOKをもらっていたので、紹介することが提案できた。奥様が私たちに不信感を抱き、虚偽の書類を作成したんじゃないかという疑念を突きつけられたら、彼をスマホで呼び出す手筈になっている。
ちなみにこのことについて、所長の山下さんは了承済みだった。
「斎藤さんに直接、こうして謝ってもらった時点で、かなりの痛手を食らっているというのに、追い打ちをかけるようなことを言うんですね」
しんと静まり返った10数秒後に、やっとという感じで重たい口を開いてくれた。
「ハナが言ったんです。なにも知らないことのほうが不幸だって。それを知らずに現状維持をしたって、しあわせになんかなれないと言って、泣き崩れました」
「それは調査した書類に、私の知らないことが載っているということなのかしら?」
奥様が訊ねた瞬間、ハナが立ち上がった。なにかを言いかけて口を動かしたのに、声にならなくて唇が細かく震える。
「斎藤さん?」
「ハナ、落ち着いて。どうしたの?」
立ち竦み、固まったままでいるハナの手を握りしめて揺らした。
「私は部長の知らない部分を知って、ものすごく傷つきました。だけどそれは、私にとっての罰だと思ってます。だって不倫という、悪いことをしたんですから」
奥様に伝えようという熱意が、声にこもっているように聞こえた。その熱意を応援しようと、握りしめた手に力を込めたら、ハナはそれに応えるように握り返しながら言の葉を告げる。
「だけど奥様は、なにも悪いことをしていないのに、私以上に傷つくかもしれない事実を、目の前に突きつけられたらどうなってしまうのか。それを思うと、見るのを勧めることができません」
「なにも知らないことのほうが、不幸なんじゃなかったのかしら?」
「そうですけど――」
「夫の不倫相手に心配されてしまうくらい、私は弱く見えるのかしらね」
「けして、そんなつもりじゃ……」
首を横に振って否定したハナに、奥様はにっこりほほ笑む。余裕のあるその態度を目の当たりにして、私は内心安堵しつつ話しかける。
「奥様、どうしましょうか?」
「私だって、しあわせになりたいもの。このまま、夫の不貞行為を見過ごすことはできません。岡本さん、書類を見せてください」
こうして持っていた書類を奥様に手渡し、読みだしたのを見てから、ハナに座るように促すべく、握りしめた手を下に引く。素直にそれに従ったハナは、悲しげなまなざしを目の前に注いだ。
「私の同僚が不倫された末に離婚して、悲しい結末を目にしたからこそ、ハナの恋愛の行く末を考えました。奥様からご主人を奪い、略奪婚をしたとしても、彼が同じようにまた不倫をすることによって、ハナがしあわせになれないんじゃないかって」
「そうね……」
親友を心配する率直な意見を聞いた奥様は、少しだけ瞼を伏せて返事をした。私の気持ちを知ってもらった上で、直接見てもらえる事象を告げる。
「それを確かめるために、探偵事務所でご主人について調べてもらいました。その調査結果が、この書類にプリントされてます。そしてプリントされたあとに知らされた事実を、口頭で教えてもらいました」
「…………」
このことを説明するにあたり、自身の感情を悟られないように淡々と語った。私のセリフを聞いた奥様は、悲し気な目つきを見せて黙り込んでしまったけれど、私はそのまま話を続ける。
「こちらを、ご覧になるかどうか決めてください。もし必要であれば、この件を調査した探偵事務所の所員さんをご紹介します」
榊原さんには事前にOKをもらっていたので、紹介することが提案できた。奥様が私たちに不信感を抱き、虚偽の書類を作成したんじゃないかという疑念を突きつけられたら、彼をスマホで呼び出す手筈になっている。
ちなみにこのことについて、所長の山下さんは了承済みだった。
「斎藤さんに直接、こうして謝ってもらった時点で、かなりの痛手を食らっているというのに、追い打ちをかけるようなことを言うんですね」
しんと静まり返った10数秒後に、やっとという感じで重たい口を開いてくれた。
「ハナが言ったんです。なにも知らないことのほうが不幸だって。それを知らずに現状維持をしたって、しあわせになんかなれないと言って、泣き崩れました」
「それは調査した書類に、私の知らないことが載っているということなのかしら?」
奥様が訊ねた瞬間、ハナが立ち上がった。なにかを言いかけて口を動かしたのに、声にならなくて唇が細かく震える。
「斎藤さん?」
「ハナ、落ち着いて。どうしたの?」
立ち竦み、固まったままでいるハナの手を握りしめて揺らした。
「私は部長の知らない部分を知って、ものすごく傷つきました。だけどそれは、私にとっての罰だと思ってます。だって不倫という、悪いことをしたんですから」
奥様に伝えようという熱意が、声にこもっているように聞こえた。その熱意を応援しようと、握りしめた手に力を込めたら、ハナはそれに応えるように握り返しながら言の葉を告げる。
「だけど奥様は、なにも悪いことをしていないのに、私以上に傷つくかもしれない事実を、目の前に突きつけられたらどうなってしまうのか。それを思うと、見るのを勧めることができません」
「なにも知らないことのほうが、不幸なんじゃなかったのかしら?」
「そうですけど――」
「夫の不倫相手に心配されてしまうくらい、私は弱く見えるのかしらね」
「けして、そんなつもりじゃ……」
首を横に振って否定したハナに、奥様はにっこりほほ笑む。余裕のあるその態度を目の当たりにして、私は内心安堵しつつ話しかける。
「奥様、どうしましょうか?」
「私だって、しあわせになりたいもの。このまま、夫の不貞行為を見過ごすことはできません。岡本さん、書類を見せてください」
こうして持っていた書類を奥様に手渡し、読みだしたのを見てから、ハナに座るように促すべく、握りしめた手を下に引く。素直にそれに従ったハナは、悲しげなまなざしを目の前に注いだ。