先生の隣にいたかった




三学期最後の日、
私たちは、体育館に集まっていた。










…離任式のために。









「これから、離任式を行います。離任される先生は、舞台に上がってください」





そう言うと、先生達が立ち上がって、
舞台に上がっていく。






私は、見ることができなかった。










…怖かったから。









「今年離任される先生は、5名です。最後の挨拶をしていただきます」










一人目が話し出しても、
私は、前を見ることができなかった。









二人目、三人目と続いても、
先生の声はまだしていなかった。










だからきっと大丈夫。

















何度も、心の中で言い聞かせた。




















…なのに、そんな期待は
最後に呆気なく裏切られてしまった。





「…こんにちは、柴咲です」







その声が聞こえた瞬間、頬に涙が伝った。




前を見ることができない。




見てしまえば、認めてしまうみたいで、どうしても、先生が離任することを自分の中で認めたくなかった。












「…皆さん、顔をあげてください」








先生は、生徒に人気だったから、
落ち込んでいる人が多かった。













でも、俯いているのは多分、私だけだった。














そっと顔を上げると、先生と目があった。













そして、先生は優しく微笑んだ。











今学期になってから、
一度も目を合わせてこなかったのに、
最後だけ目を合わせてくるなんて




…ずるいよ。






先生が話している間、これが最後なんだ。


もう、先生には会えなくなる。




そればかり考えて、











大好きな人が話している言葉なのに、
全く入ってこなかった。




こんな日が来るなんて、思ってもいなかった。







「これで、離任式を終了します」






先生達は頭を下げて、舞台から降りていった。
そして、そのまま体育館を後にした。












「では、このまま終業式を行います」









先生が、体育館を後にするのを見送った後、
続けて終業式が行われた。














「いお、行け」








誰にも聞こえないように、
小さな声で囁いたのは翔太だった。












もう、会えなくなる。











話せなくなる。













今行かないと、後悔する。









そんなこと分かってる。








なのに…足がすぐに動かなかった。





「早く!」










私は、
翔太の最後の言葉に背中を押され、
走り出した。








周りの目なんか、気にしなかった。
緑川先生に呼ばれようと、無視した。









先生が学校から出る前に、
最後に一度だけ二人で話したかった。











私の言えなかった気持ちを伝えたかった。














初めに向かったのは、教室だったけど、
先生はそこにいなかった。












でも、黒板に先生の文字で、
みんなへのメッセージが書かれていた。











〜みんなへ〜

いままでありがとう。皆んなのこと、ずっと
おうえんしてる。
だから、何があっても諦めないで。
いつか、皆の姿を見れる日を
すごく楽しみにしています。
きみ達の成長を楽しみにしてます。

               〜柴咲〜
   





「こんなの…ずるいよ…」





私の勘違いかもしれない。







それでも、私には、頭文字を縦に読んだ言葉しか、頭に入ってこなかった。






私が想いを伝えようとして、
聞いてくれなかったのに、先生だけずるいよ。







そう思えば思うほど、どうしても、
私も先生に気持ちを伝えたかった。












この恋を実らしたいからとかじゃなくて、












ただ、最後に私の想いを














大好きな人に、伝えたかった。













「先生!」







私は、屋上の扉を勢いよく開けた。







この三学期中、全く来てくれなかったけど、そこには大好きで、ずっと二人で話したかった先生が立っていた。









「…いお。どうして」







「…教えてください。




もう会えなくなるから…最後に先生が、
ずっと苦しんでいた理由だけでも






…教えてください」







「…いおには、
言わないでおこうって思ってたんだけどな」








「…先生」








「…いおに出会ってから、ずっと考えてた。

今、いおは何してるんだろうって…








…ずっといおが、頭から離れないんだ。


















気づけば…好きになってた。












これがダメなことぐらい、分かってる。












でも…それでも…









どうしよもなく

















…いおのことが好きなんだ」











そう言いながら、
先生が一つ、二つと涙を流した。








その涙を拭おうと、先生に手を伸ばした。









でも、先生はそれを受け入れなかった。













「…俺たちは…

















…ダメなんだよ」





「…どうして?」





「いおは…生徒で、














俺は…教師だから」




先生は、いつもそうやって壁を作る。






私が、どんなにその壁を乗り越えようとしても、先生はその先を行く。








最後の最後まで、先生は私の前に線を引いた。









だから、私が終わらさなきゃいけない。
 










「…先生…。








私はずっと、













先生のことが…
















大好きでした…」






今もこれからもずっと大好きで、この気持ちは、きっと変わらないと思うけど、私がこの恋にピリオドをつけないといけない。














これ以上…先生を苦しめたくないから。











「…ごめんな」









そう言って、先生は階段の方に歩いていった。











でも、先生は最後に、
振り向いて言ったんだ。












優しくて、












私の大好きな声で。











「…ありがとう…いお」









先生が、私の名前を呼ぶことは、もうないんだって思うと、苦しくて、辛くて涙が止まらなかった。







両思いなのに、一緒にいることが許されない。








その現実を大好きな人に突きつけられた。













生徒としてではなく出会っていたら、
何か変わっていたのかな。






もう少し早く先生に出会っていればって。













…もっと…一緒にいたかった。














ずっと、先生の隣にいたかった。







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