せっかく侍女になったのに、奉公先が元婚約者(執着系次期公爵)ってどういうことですか ~断罪ルートを全力回避したい私の溺愛事情~
「ユリアーナ……今、なんと?」
「私、ユリアーナ・エーデルは、クラウス・シュトランツ様との婚約を破棄し、学園をやめて侍女として奉公に出たいのです」
 ちょうど家族三人が集まっていた居間で、私は再度そう告げた。
 三人は数秒固まったまま動かなかったが、二度聞いてやっと私の言葉を理解したらしい。全員が驚き顔をして、前のめりになっている。
「正気かユリアーナ! あんなにシュトランツ家の嫡男を好いていたじゃないか! それを婚約破棄だなんて……!」
 お母様とお兄様も同意見なのか、口をぱくぱくさせながらお父様の言葉に頷いている。
 ……私だって嫌ってほど知っている。ユリアーナというキャラクターがどれだけ、クラウスという男に恋い焦がれていたかなんて。
「……これは私にとっても苦渋の決断なのです」
 私は話が思い通りに進むように、ここからは頭の中で咄嗟に描いたシナリオを、大袈裟な演技で実行することにした。
「実は私……先日のパーティーで、未来の公爵夫人としてふさわしくない行動をとってしまいました……!」
 その場で膝をつき、まるで泣いているように両手で顔を覆う。もちろん涙など出ていないので、必死に声をそれっぽくして誤魔化している。
「なにをしたかはここで口にするのもはばかられます。私はそれほどの失態を犯したのです……」
 ここまで言ってしまえば、無理には聞き出さない&怖くて聞きたくなくなるだろう。
 私の作戦通り、誰も追及してくることはなかった。かわりに、誰かがごくりと生唾を飲む音が微かに聞こえた。……派手に言い過ぎたかしら?
「しかし、優しいクラウス様は私を許してくださいました。でも……私はもうクラウス様に顔向けできません。彼の優しさに唯一できる私の償いは黙って身を引くことだと、この一週間で気づけたのです。そのため、婚約破棄をしたいのです」
 我ながらよくできた言い訳だ。私が断罪から免れるために、まずは絶対にクラウス様とは婚約破棄しなければならない。婚約破棄と退学。このふたつが成立しないことには、私に平穏な日々は訪れないと言っていい。
「ユリアーナ……あなたひとりでそんな辛い決断を……。私もわかるわ! 好きという気持ちだけでは、どうにもならないということ。そういう時期が私にもあったもの!」
 なぜかお母様がひとりで盛り上がり始めている。そんな話は、夫と息子の前でするものではない。ふたりがどんな顔をしているかものすごく気になったが、泣いている演技を続けるために諦めた。
「し、しかしなぜ、学園を退学するんだ? 許してもらえたなら、奉公に出るまでしなくていいだろう」
「いいえお父様。このまま変わらぬ日々を送っていては、私はずっと人間として成長できません。今回のことで、私は今のままではいけないと気づきました。私は将来、領民と寄り添える立派な貴族令嬢になりたい。ですから、今の身分を捨てて、侍女として奉公に出たい! 今すぐに! ……そんな私の夢を、応援してはくれませんか?」
 最後に真っすぐ目を見つめて、私はお父様に訴えかけた。うるうるした上目遣いも忘れずに、だ。
 お父様は俯いて身体をふるふると震わせると、顔を上げて開口一番にこう放った。
「……ユリアーナ! 私は感動したぞ!」
 その瞳には涙が浮かんでいるではないか。
「お前がそんなふうに考えていたなんて……! 領民と寄り添いたいなんて、素晴らしいじゃないか! だったら私は、全力でユリアーナの夢をサポートしよう!
「本当ですかっ!? お父様!」
「ああ! すぐにいろんな手続きを進めようじゃないか!」
 さすが親バカなだけある。話が早い。お父様は私の考えに賛同し、応援してくれる意図を見せてくれた。そしてそれはもちろん――。
「ユリアーナ、頑張るのよ。それに、クラウス様よりもっと素敵な人に出会えるわ」
「エーデル家の将来は僕が支えるから、ユリアは好きなことをしてくれ! でもたまには、その愛らしい笑顔を見せに帰ってきておくれ!」
 同じくユリアーナに激甘の、お母様とお兄様も同じだった。
「みんなありがとう! 私、侍女として必ず成功しますわ!」
「ああ! 奉公を終えて、立派なレディーになって戻ってくるんだぞ!」
「……は、はい」
 どうやらお父様は私が侍女になるのは一時的だと思っているみたい――。私の言い方的に、そう思われて当然なのだが。この家と家族は温かくて嫌いではないけれど、できればもう貴族に戻りたくはないというのが本音だ。しかし、それを告げると話がこじれそうなため、黙っておくことにした。
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