私のお願い、届いてますか?
「幸せそうで、先生も嬉しいわ」

先生の優しい笑顔につられて、私の表情が緩む。

「先生の旦那さんは、同じ職種なんですか?」

「そうね。他の大学で働いてるわ。私がここで働こうって思ったのは、主人が背中を押してくれたからなの」

マグカップを手に取って、一口コーヒーを飲むと、先生は小さく息を吐いた。

「…本当はね、結婚したら、子どもが大きくなるまでは専業主婦って思ってた」

「…そうなんですか?」

「でもね、専業主婦になる理由が無くなっちゃって…働いてた方が気が紛れるもの」

それって…

状況を察したけれど、聞くに聞けなくて、秀人の入れてくれたコーヒーを飲んだ。

「…人生って、中々思い通りにはならないわ。だからこそ、小さなことがすごく大きな喜びに変わるのよね。河田さんと会えたことだってそうね」

ふふっと微笑んだ先生の表情は、昔のままで、どこか安心感が湧き上がってくる。でも、きっとこの表情の裏には、私には計り知れないような、悩みや苦労がたくさんあるのだと思うと、少し切なさが入り混じった。

「そこの部屋は、私の仮眠室。今日はあと少ししたら帰るから、その後は自由に使って」

先生が指差したのは、他の部屋とは違って、特別感のある木目調の扉だった。




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