君が月に帰るまで

涙を堪えながら、五合目をあとにし、今度は海側へ移動する。

「わー!! 海初めてみた。すごーい、これが波?」

ケラケラ笑いながら砂浜を歩くゆめは本当にかわいらしい。ああ、この時間が永遠になればいいのにな。はじめは心からそう思っていた。

だんだん日が暮れてきて、海の向こうに夕日が沈む。

「はじめ、いま何時?」

「18時30分」

「そろそろかな」

ゆめは物憂げに、海の方をみつめた。その視線の先に、この世のものではないような、あの世へのお迎えのような、そんな感じの光景が広がる。
雅な音楽がだんだん近くなる。天女の羽衣を着たような人たちがふわふわと雲に乗ってこちらに近づく。

大きな飛車も雲に乗って、波打ち際に降り立った。

ハッとしてゆめをみると、きらきらと光っている。あぁ、もう地球の人間ではなくて月の人間に戻ったのだなと推測した。

「はじめ、短い間だったけど、ありがとう」 

ゆめははじめの手をぎゅっと握った。

「う……うん」

「ね、お願いごとはなに?」

ニコッと笑うゆめの顔。もう今にも泣きそうになりながら、はじめは言葉を紡ぐ。

「あのね」

「うん」

「ゆめと結婚したい」

「え……」

「それがぼくの願いだよ。ゆめがいやなら別だけど……」

真っ赤になって俯いたはじめ。ゆめは小さく手を震わせていた。

そっと顔を上げると、ゆめの顔に涙が一筋流れている。

「ほ、ほんと? わたしをはじめのお嫁さんに?」

「うん、ほんとだよ。いますぐは難しいけど、僕がちゃんと就職したらそうしたい。ゆめと一緒になれたら嬉しい」

「はじめ……」

「だから、他の人となんか結婚しないで。おねがい」

ぎゅっと熱を持ってゆめを見つめる。その手を強く握り返したゆめ。「うん、うん。ありがとう。必ず、地球に戻ってくるね。そしたらわたしをはじめのお嫁さんにしてね」

「うん、うん」

そっとゆめを引き寄せて、きゅっと抱きしめる。ゆめの手がはじめの背中に回って距離が近くなる。

「んんっ!!」

咳払いがしたのですっと離れてその音の方を見ると、朔がきちんとした護衛の姿でこちらを見ている。

「とりあえずはそこまでです。はじめさま、お世話になりました。家で待ってたんですけど……」

朔はあわてて家からここへ飛んできたらしい。すみません、急きょ変更して。はじめは頭を下げた。

「姫さま、お別れです」

「……お別れじゃないよ」

「ゆめ……」

「はじめ、また必ず来るからね。それまで元気でね」

これ以上ないくらいの弾ける笑顔を向けられて、はじめの胸がドキンと鳴った。
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