なんちゃって伯爵令嬢は、女嫌い辺境伯に雇われる

11.サラの笑顔

「お帰りなさいませ、旦那様」
「……今帰った」
 帰宅した俺は、使用人達と共に頭を下げた一人の少女を一瞥した。

 一週間程前から屋敷で働き始めたサラは、日に日に表情が明るくなっているような気がする。最初はどうせ長続きせず、そのうち不平不満ばかりを口にするのではないかと思っていたが、彼女は積極的にハンナを手伝い、使用人達とも打ち解けて、毎日楽しそうに過ごしていると聞く。
 俺がまだ辺境伯位を継いだばかりの頃、俺に媚びを売ろうとしたり、俺の視界に入る仕事を取り合って騒ぎを起こしたりする若い女性の使用人が後を絶たなかった為、全員クビにして以降、若い女性は雇わないようにしていたが、サラはそんな面倒事を起こす気配も無く、真面目に仕事に取り組んでいる。

 サラは俺の想像の斜め上を行ってばかりだ、と思いながら夕食を済ませ、自室で寛いでいると、扉がノックされた。

「失礼致します、旦那様」

 部屋に入って来たのはリアンだった。以前命じておいたフォスター伯爵家の報告書が上がってきたらしい。

「サラ様に関しては、話の裏付けが取れました。やはりフォスター伯爵家で、相当酷い扱いを受けておられた事に間違いないようです」
「だろうな」
 リアンから受け取った報告書に目を通し、俺は眉間に皺を寄せた。

 初対面で何も知らなかった時は偽者の令嬢かと疑ったが、その後に聞いたサラの身の上話に矛盾点は無く、納得のいく内容だった。報告書を読んで、改めて彼女の話が真実だと確信し、今まで彼女が受けてきた仕打ちの詳細を知って、フォスター伯爵一家に怒りを覚える。

「フォスター伯爵家に関しては、サラ様の異母兄のトリスタン・フォスターが伯爵位を継いでからは、あまり良い話を聞きません。金遣いが荒くなったり、怪しげな投資話を持ち掛けてきたり、屋敷に人相の悪い連中が出入りするようになったとの噂があります。こちらは更に調査を継続させ、何か分かればまたご報告致します」
「分かった」

 退室するリアンを見送り、憤りを覚えながら就寝する。
 翌朝、出勤前に見送りに来たサラに視線を移した。

「行ってらっしゃいませ、旦那様」

 明るい笑顔を見せる彼女に、昨夜からの苛立ちが消えていくのを感じた。

「……行って来る」

 サラは今、幸せなのだろうか。心から笑えているのだろうか。
 何故か、そんな事が気になった。

 田舎でしかないこの地だが、たとえ上辺だけでも、サラがこの地を気に入って、フォスター伯爵家で受けた傷を癒し、楽しく過ごしてくれているならそれで良い。

 そんな事を考えながら出勤した俺は、突如として廊下に響き渡った大声に顔を顰めた。

「おいセス!! お前この前女の子とデートしていたって本当なのか!?」

 鬱陶しげに振り返ると、予想した通り山吹色の髪に栗色の目の男が駆け寄って来た。興味深げに目を爛々と輝かせている姿に、面倒な予感しかしない。

「昨日俺休みだったから街に行ったらよ! 八百屋のおばちゃんが可愛い女の子を連れて歩くお前を見たって言っていたんだよ! お前にもとうとう春が来たのか!?」
 俺は無言で、脇腹を肘で小突いてくる男の腕を取って捻り上げた。

「いででででででっ!! 何するんだよ離せっ!!」
「貴様いい加減にしろ。上官に対してその態度を改めろと、何度言えば分かる」
「固い事言うなよ、俺とお前の仲じゃねえか」
 俺の手を振り解いて、へらりと笑う男、ジョーを睨み付けるが、相変わらず意に介していないようだ。

「それで、本当の所はどうなんだよ? デートか? デートなのか!?」
「煩い。廊下では静かにしろ。他の者の迷惑だ」

 俺が指摘すると漸くジョーは口を噤んだものの、ずっと後を付いて来る。俺に割り当てられた国境警備軍総司令官室に入ると、ジョーはすかさず尋ねてきた。

「なあもう良いだろ? いい加減教えてくれよ! 同期のよしみでさ!」
「しつこいぞ貴様」
 とは言ったものの、俺から情報を聞き出すまでジョーが粘るのは目に見えている。

 キンバリー辺境伯家のしきたりで身分を隠して軍に入り、同期のこの男と寮の同室になってしまったのが運の尽きだ。何故かそれ以来、この男にはすっかり懐かれてしまい、俺がキンバリー辺境伯位を継いで正体を明かしても、変わらず気安く接してくる。
 しかもこの男、今ではその実力と社交性で軍の副司令官という立場を手に入れているのだから、性質が悪い。

「あれはデートではない。彼女は屋敷で新たに雇う事になった使用人だ」
「ええ!? お前が若い女の子を雇う事にしたのかよ!?」

 使用人だと言えばデートかと騒ぐジョーの興味も削がれるかと思ったが、俺の女嫌いを知っているジョーには逆効果だったようだ。結局、俺はサラについて根掘り葉掘り訊かれる羽目になった。

「へえ……そういう事だったのか。だったら、彼女にはキンバリー辺境伯領の良い所を沢山知ってもらって、もっとこの地を好きになって、より楽しく過ごしてもらわないとな!」
 そう言いながらジョーが提出してきた書類に、俺は目を落とした。

「クヴェレ地方警備応援予定表……もうそんな季節か」

 クヴェレ地方は、キンバリー辺境伯領随一の観光地だ。国境に面した北山の麓に温泉街があり、冬場に最も賑わう地だが、それ故か魔獣も出没しやすい。その為毎年冬場は兵を交代で派遣し、警備を増強している。
 とは言え、警備の仕事の時間外や休日は温泉街を観光できる為、志願者が後を絶たないのだが。

「セスも久々に行って来いよ。その子を連れてさ!」
 良い考えだと言わんばかりに提案してくるジョーに、俺は胡乱な目を向けた。

「休みの日に彼女を観光案内してあげるんだよ! きっと喜ぶぜ! 何て言ったって、お前のお袋さんだってこの田舎の地で唯一気に入った場所なんだからよ!」
 ジョーに言われて、俺は少しの間考え込んだ。

 確かにクヴェレ地方は、キンバリー辺境伯領内で母が唯一気に入った地でもあった。美容効果のある温泉に、それを利用した地元料理や名物の数々。サラが気に入るかどうかは分からないが、連れて行ったら喜ぶだろうか。
 もしあの笑顔が見られるのなら……悪くないかも知れない。

 そう思いながら書類を眺めていると、ジョーが不意に予定表を取り上げた。

「決まりだな! 希望者の調整をして、できるだけ早くお前が行けるようにしてやるぜ!」
 無言を肯定と受け取ったのか、ジョーが早速調整に入ろうとする。

「いや、どうせなら俺の順番は一ヶ月以上後にしてくれ」
 俺の言葉に、ジョーは怪訝そうな表情をした。

「何でだよ? こういうのは早い方が良いに決まっているだろ。真冬の時期になったら、寒さと雪で移動が大変だぜ」
「お前は給料日前に観光地に行きたいと思うか?」
「あ、成程……」

 先日街に連れて行った時の、恐縮しきりだったサラの言動を思い出す。
 名目上は俺の使用人として連れて行くのだから、費用は全額俺が負担しても良いのだが、それではサラがまた恐縮してしまい、買いたい物があっても遠慮して言い出さないだろう。行くなら初任給を渡した後だ。自分で自由に使える金があった方が、サラもより観光を楽しめるに違いない。

 やけに気合を入れたジョーがその手腕を遺憾なく発揮し、後日俺は丁度一ヶ月後にクヴェレ地方に出張する事が決まった。
 悔しいが、これだからジョーは憎めない。
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