なんちゃって伯爵令嬢は、女嫌い辺境伯に雇われる

13.胸の奥の痛み

 翌朝、朝食を済ませた私は、早速仕事に取り掛かった。
 昨夜から降り続いていた雪は既に止んでいたが、外は一面の銀世界。その美しさに思わず見惚れるものの、まずは兵士の方々が通れるように雪かきをしなければならない。管理人さん達と共にスコップを握り、雪を端に寄せ続ける事数十分。何とか宿舎の敷地内には道を作る事ができた頃、兵士の方々が次々に出勤され始めた。

「おはようございます。行ってらっしゃいませ」
 管理人さんに倣って、兵士の方々に挨拶をする。

「おはよう。行って来ます」
「お気を付けて」
 何人かを見送りながら雪かきを終わらせた頃、玄関の奥に旦那様の姿が見えた。

(わあ、凄く綺麗な人……)

 玄関から出て来た旦那様は、一人の女の人を伴っていた。緩くウェーブがかかった腰まである金の髪に、大きな吊り目がちの赤みがかった紫の目。スラリとした長身で、出る所は出て引っ込む所は引っ込んでいる抜群のスタイル。軍服が良く似合っていて、キリリとした格好良い美人さんに、女の私でも目を奪われてしまった。
 旦那様と並ぶと、美男と美女で凄く絵になる。お似合いだな、と思った所で、何故か胸の奥がツキンと痛んだ。

(……?)
 首を傾げながらも、歩み寄って来たお二人に頭を下げる。

「おはようございます、旦那様」
「サラ、その格好で寒くはないか?」

 旦那様に心配されてしまったけれども、支給されている制服は暖かいし、雪かきをしていたせいで今は汗をかいているくらいだ。

「平気です。雪かきをしていたので、今は逆に暑いくらいですから」
「そうか。朝からご苦労だな。風邪を引かなければそれで良い」
 旦那様は私を労ってくださると、後ろに居た美人さんを振り返った。

「サラ、彼女は俺の部下のジャンヌだ。ここに居る間は何かと世話になる事もあるだろう。ジャンヌ、彼女がサラだ。宜しく頼む」
「初めまして。貴女がサラね。私は国境警備軍第二隊隊長のジャンヌよ。宜しく」
「サラと申します。どうぞ宜しくお願い致します」

 私はジャンヌさんにお辞儀をする。敢えて家名は名乗らなかった。私が貴族令嬢だと分かると色々ややこしい事になりかねないし、下手をすると危ない目に遭いかねないから、と旦那様に言われたので、キンバリー辺境伯家の人達以外には黙っておく事にしたのだ。
 元々私は平民の生まれだし、今は旦那様に雇われている身なのだから、名乗る必要性も感じないしね。

「では行って来る」
「はい。行ってらっしゃいませ、お気を付けて」

 お二人をお見送りして、私は管理人さん達とスコップを片付けた。それから宿舎内の各部屋を回って、掃除をしてシーツを取り替えてベッドメイクをする。それが終われば昼食を頂いて、詰所に移動してまた掃除。終わらせて宿舎に戻るともう夕方で、管理人さんに報告して一日の仕事が終わった。

(旦那様、まだかな……)

 部屋に戻った私は、置時計を確認した。今日も旦那様の都合が合えば、一緒に夕食を摂ろうと言われている。制服から私服に着替えて待っていると、部屋の扉がノックされた。

(旦那様だ!)
 急いで扉を開けると、そこに立っていたのはジャンヌさんだった。

「こんばんは、サラ。セスが少し遅くなりそうだから、先に温泉に案内してやってくれって言われたんだけど、一緒にどう?
「え……あ、是非お願いします」
 戸惑いながらも、慌てて支度をした私は、ジャンヌさんに付いて行く。

(さっき、ジャンヌさんは旦那様の事を名前で呼んでいたけれども、一体どういう関係なんだろう……。やっぱり恋人、なのかな……?)
 朝に見た絵になるお二人を思い出した私は、何故かまた胸の奥に痛みを覚えた。

「ここが私のお勧めの温泉よ。とても広くて気持ち良いし、露天風呂から見える景色も綺麗で最高なの」
「えっ、露天風呂もあるんですか?」

 宿舎から坂を上った所にある、石造りの大きなお屋敷のような建物の前で、ジャンヌさんが私を振り返って教えてくれた。木の扉を開けて中に入り、受付の人にお金を払って、またジャンヌさんの後に付いて長い廊下を進む。
 更衣室で水着に着替えて、お風呂場に入ってすぐ、その広さに驚いた。石でできたお風呂場の中央に大きな噴水があり、大量のお湯が沸き出ている。端から中央まででも泳ぎの練習ができるくらいには距離があった。お湯は少しぬるめなので、ずっと浸かっていられそうだ。

「気持ち良い……」

 室内温泉に暫く浸かった私達は、露天風呂へと移動した。自然の岩場に囲まれた大きな池のような温泉からは、星空と雪山の幻想的な景色が良く見える。

「どう? ここの温泉は」
「最高ですね」

 ジャンヌさんと並んでお湯に浸かる。綺麗な景色と温かいお湯は、身体だけでなく心も解してくれているように感じられた。

「ねえ、ずっと訊きたかったんだけど、貴女はセスとどんな関係なの?」
「え? 私は旦那様に雇っていただいた、キンバリー辺境伯家の使用人ですが」
「本当にそれだけ? セスの態度を見ていると、女嫌いの彼にしては珍しく、貴女を凄く気に掛けているようだけど……」
 首を傾げているジャンヌさんに、私も思い切って訊いてみる。

「……ジャンヌさんの方こそ、旦那様ととても親しいご関係なのではないのですか? 旦那様の事も、名前で呼んでいらっしゃいますし……」
「え!? 違うわよ。セスと親しいのは私の旦那で、私はそのついでみたいなものよ」
「えっ、ジャンヌさん、ご結婚されているんですか?」
 私は目を丸くした。

「そう。私の旦那はジョーって言って、セスとは国境警備軍の同期で寮のルームメイトだったのよ。今は国境警備軍の副司令官を務めているの。言わばセスの右腕みたいなものかしらね」
「そ、そうだったんですか……」

 何と、ジャンヌさんは旦那様の恋人なんかじゃなくて、人妻だった。
 そんな風には見えなかったから、私は凄く驚いたけれども、同時に何故かスッと心が軽くなったのだった。
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