なんちゃって伯爵令嬢は、女嫌い辺境伯に雇われる

24.旦那様のお話

 翌朝、身支度を整えた私は、鏡の前で旦那様に頂いた髪飾りを着けてみた。髪飾りはとても素敵で、着けただけで自分が上品なお嬢様になったように見えて気分が浮き立つ。本当に私には勿体ない品だと思うのだけど、観賞するだけで使わなかったらそれこそ勿体ないし、折角くださった旦那様にも失礼だ。この髪飾りに相応しい人間になれるように努力しないと、と思いながら張り切って食堂に向かう。

「おはようございます、ハンナさん」
「おはようございます、サラさん。あら、素敵な髪飾りですね」
「ありがとうございます。実はこれ、昨日旦那様に頂いたんです」
 相好を崩したまま口にすると、ハンナさんは一瞬驚いたような表情を浮かべたが、すぐに目を輝かせた。

「まあ、そうでしたか! 良かったですね。凄く良くお似合いですよ」
「ありがとうございます」

 リアンさんやベンさんも髪飾りに気付いてくださって、似合うと褒めてくださった。少し照れ臭かったけれどもやっぱり嬉しくて、私は更に口元を緩める。
 浮かれ気分のまま仕事を始めて、朝食を終えた旦那様をお見送りする。最近は私も早めに朝食を済ませて、旦那様と一緒に砦に向かっていたが、今日からはお屋敷の大掃除を手伝う為、次に砦に行くのは年明けなのだ。

「行ってらっしゃいませ、旦那様」
 旦那様は出掛けに私を一瞥して、珍しく口元を綻ばせた。

「良く似合っているぞ、サラ。……行って来る」

 旦那様の微笑み付きの褒め言葉は、破壊力抜群だった。私はお礼を言うのも忘れて、暫く旦那様が出て行った玄関の扉を見つめたまま、顔を赤くして立ち尽くしてしまった。

(……絶対毎日、この髪飾りを着ける事にしよう)

 旦那様のお言葉が嬉し過ぎて、暫くの間、私の頬の筋肉はすっかり緩んでしまっていた。
 そしてその日は一日、普段あまり使っていない場所を念入りに掃除したり、棚の中の物を全部出して綺麗に拭いてまた元に戻してを繰り返したりと、結構な重労働をしていた筈なのだが、何故か全然疲れなかった。

 その夜、帰宅された旦那様がお呼びだとの事で、私は執務室にお邪魔した。

「失礼致します」
 勧められたソファーに腰掛けて、旦那様と向かい合わせになる。

「サラ、お前を正式に国境警備軍で雇いたい」
 旦那様のお話に、私は目を丸くした。

「お前のおまじないはラシャドには非常に効果的だった。今後も同様の効果が望めるかはまだ未知数だが、より多くの人々に試してみる価値は十分にある。だが、俺の使用人という今の立場であれば、軍での検証と屋敷の仕事の掛け持ちになってしまい、お前には負担が大きかろう。軍としても、本腰を入れておまじないの効果の研究が望ましくなった以上、正式にサラを雇用したいと考えているが、お前はどうだ?」

 ただでさえ望外なお話なのに、私の意志を確認してくださる旦那様。私に最大限の配慮をしてくださっている事が窺い知れて、旦那様に感謝しながら答える。

「ありがとうございます、旦那様。身に余る光栄です。旦那様のご期待に沿えるかどうか分かりませんが、どうぞ宜しくお願い致します」

 お屋敷でのお仕事もやり甲斐があったけれども、今の私なら、きっとこちらの方が旦那様のお役に立てるだろう。どちらにしろ私に異存は無いので、旦那様に深々と頭を下げる。

「そうか。では年明けから宜しく頼む。仕事内容としては、引き続きお前のおまじないに関する実験の他、空いた時間があれば書類整理等もしてもらいたい。お前が望むのならば寮の手配をする事も可能だが、ハンナ達が寂しがるだろうから、特に希望が無いのであればこれまで通り砦には屋敷から通えば良い。給料は月二万五千ヴェルで考えている」
「えっ、今までよりも多く貰えるんですか!?」
 私はつい前のめりになってしまった。

「ああ。お前のおまじないが、もし軍にとってより有用なものだと分かれば、当然更なる昇給も有り得る」
「昇給まであるんですか!?」

(何て恵まれた条件なんだろう!)
 私は目を輝かせながら、旦那様のお話を有り難く思うと同時に、おまじないがより旦那様のお役に立てるものである事を強く願った。

「後、これは俺からの提案だが、軍で働くにあたって、お前の身分を明らかにしておいた方が良いと思う」
「私の身分、ですか?」
 旦那様の言葉に、私は当惑した。

 クヴェレ地方にご一緒する時、旦那様に色々ややこしい事になりかねないし、危ない目にも遭いかねないと言われたので、私はただの平民の使用人という事にしたのだ。私も自分が一応伯爵令嬢である事など全く意識していない。それなのに、今更身分の事を持ち出すのは何故だろう?

「お前に変な虫共が付かないようにする為だ。クヴェレ地方に行った時も、初日から馬鹿者共に声を掛けられていただろう」
「……そんな事ありましたか?」

 思い出そうとしたものの、一向に心当たりが無い私に、旦那様は呆れたように溜息をついた。

「兎に角、お前は伯爵令嬢で、俺の婚約者候補だと周知する。それを知った上で手を出そうとする愚か者は流石にいないだろうからな」
「はあ……」

 ジャンヌさんみたいなナイスバディな美女なら兎も角、平凡顔でスタイルも良くない私なんかに声を掛けようとする人がいるとはとても思えなかったが、それで旦那様の気が済むのならと、お任せする事にしたのだった。
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