なんちゃって伯爵令嬢は、女嫌い辺境伯に雇われる

33.国王陛下への挨拶

 壇上で今シーズン最初の夜会の挨拶を始めた従兄殿を見遣る。

 正直、毎年開かれるこの夜会が、俺は憂鬱で仕方がなかった。社交シーズンの始まりを告げる、国王陛下主催の大規模なこの夜会は、余程の理由が無い限り、断る事は不可能だ。渋々キンバリー辺境伯領から足を運び、従兄殿に顔を見せては、婚約や結婚はまだかとの余計な口出しをされ、それが終われば自己主張が激しい令嬢達に囲まれる始末。あまりにも鬱陶しくなり、この時期ばかりは領地に魔獣が出てくれれば、その対処で王都に行かずに済むのに、と考えてしまった事は一度や二度ではない。

 だが、今年はそうでもない。
 俺は隣に立つサラに視線を移した。艶やかな黒髪に、白く瑞々しい肌、華奢な身体にデビュタントの証である真っ白なドレスを身に纏ったサラは、まるで妖精姫のように可憐だ。その細い首と形の良い耳に輝く、キンバリー辺境伯家に伝わる家宝は、殊更サラに似合っている。俺がそれらを模して作らせた髪飾りが、美しく編まれたサラの黒髪を飾っているのも気分が良い。

 正直、サラにここまで心惹かれるとは思っていなかった。常にひたむきで、健気で、見返りも求めずに、俺を雇い主として無条件に慕ってくれるサラと共に過ごすうちに、俺が貴族令嬢達に如何につまらない偏見を抱いていたか、気付かせてくれた。恩人と言っても過言ではない。
 従兄殿から、サラも連れて来るようにとの招待状が来た時は気が重くなったが、良く考えれば相手がサラであれば婚約するのも悪くない。いや、寧ろサラ以上の令嬢など、この先永遠に現れないだろう。
 何れは俺も結婚し、跡継ぎを作らなければならないのは重々承知している。ならば、どうせ結婚するなら……サラが良い。

 そう思いながら、俺の婚約者として夜会に出席してもらえないか打診した所、何故かサラは婚約者『役』として捉えてしまったようだった。
 ……まあ、受けてくれたという事は、この先多少は望みがあると思って良いだろう、と前向きに考える事にしている。まだ正式にプロポーズもした訳ではないし、周囲を固め、もっとサラの気持ちを俺に向けさせてからでも遅くはない筈だ。取り敢えず、サラを俺の下に遣わし、俺の自覚を促してくれた従兄殿には、感謝せざるを得ないだろう。当初は大きなお世話だとか、余計なお節介だとか内心で毒づいていた事は、この際無かった事にしておく。

 従兄殿の挨拶が終わり、夜会が開始された。会場の中央で踊る国王夫妻を見守りながら、俺はサラの腰をそっと抱き寄せ、周囲を牽制する。
 会場に入ってから、サラを盗み見る青二才共の視線が鬱陶しくて堪らない。サラの隣に立つ男は俺だ。貴様ら如きに渡してなるものか、と威嚇を込めて睨み付けると、どこぞの貴族の子息共は慌てて目を逸らした。他愛もない。
 だが、あまりのんびりとサラの気持ちが俺に向くのを待っていられないようだ、と心に留めておく事にした。

 国王夫妻のダンスが終わると、ダンスをする者、歓談をする者、王族に挨拶に向かう者と、各々思い思いの行動を取り始める。俺もサラを促し、王族に挨拶に向かう高位貴族の列に加わった。

「い、いよいよ、国王陛下にご挨拶しに行くんですね……。緊張します」

 サラは再び身を固くしている。従兄殿相手にそれ程緊張する必要など無いのだが、サラは初めてなのだから仕方ないのかも知れない。

「そんなに畏まらなくて良い。わざわざお前を名指しして会わせろと言ってきたのは従兄殿の方だ。俺達は言われた通り遠路遥々来てやったのだから、ふてぶてしく構えているくらいで丁度良い」
「そ、そういうものでしょうか……?」

 俺の言葉に、サラは唖然として大きな目を真ん丸にしていたが、やがて呆れたように僅かに微笑んだ。どうやら過度の緊張は解けたようだ。サラの性格からして、言葉通りにふてぶてしく構える事はできないだろうが、多少でも緊張が取れたのであればそれで良い。

 列は次第に進み、やがて俺達の番になった。

「久しいな、キンバリー辺境伯」
「ご無沙汰しております、国王陛下。夜会にご招待いただき、ありがとうございます」
「そちらのご令嬢は?」
 誰よりも事情を知っているであろうくせに、挨拶もそこそこにサラを話題に挙げる従兄殿に呆れ果てる。

「国王陛下にご紹介いただいた、我が婚約者のサラ・フォスター伯爵令嬢です」
「サラ・フォスターと申します。お初にお目にかかります」
 多少動きは固かったものの、美しい淑女の礼を披露するサラに、思わず口の端が緩む。

「其方が我が従弟殿の婚約者殿か。サラ嬢、セスは無表情で無愛想で面白味も無い為か、しばしば冷血漢だと誤解されがちな男だが、忠義に厚く面倒見の良い男だ。どうか宜しく頼む」
「国王陛下、余計な言葉が多分に混ざっているようですが」
 俺を貶す言葉の方が多い従兄殿に苛立ちを覚え、じろりと睨みながら言い返す。

「恐れながら国王陛下。セス様は無表情でも無愛想でもありませんわ。偶に微笑みかけてくださったり、常に私を気に掛けてくださったりと、とてもお優しくてお心の広い方でございますもの」
 神々しい笑みを浮かべてきっぱりと言い切ったサラに、俺達は毒気を抜かれた。

「ほう……そうか。セスは良い婚約者殿に恵まれたようだ。セス、サラ嬢を大切にしろよ」
「言われずとも。サラ嬢をご紹介くださった陛下には、心よりお礼申し上げます」
 何処か安堵したような眼差しで微笑みを浮かべた従兄殿に一礼して、俺達は御前を下がった。

「き……緊張しました……。セス様、私つい国王陛下に畏れ多くも奏上してしまいましたが、大丈夫だったのでしょうか?」

 今更になって涙目で震え出すサラに、俺はつい表情を緩めてしまった。

「問題ない。寧ろお前のお蔭で場が和んで助かった。それに、お前の言葉は単純に嬉しかったしな」
「そ……それなら良いのですが」
 安心したようにはにかんだサラの手を恭しく取る。

「さて、従兄殿への挨拶も終わった事だし。サラ・フォスター伯爵令嬢。俺と一曲踊ってはいただけないか?」
「はい。喜んでお受け致しますわ」

 俺とサラは会場の中央に移動して、踊り始める。挨拶を終えて緊張が解けたのか、楽しそうな笑顔を見せるサラに、俺も笑みを浮かべるのだった。
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