銀色ネコの憂鬱
「これ、あげる。」
帰り際、蓮司が菫に渡したのは鍵だった。
「これ…?」
アトリエ(ここ)の鍵。いつでも自由に出入りしていいよ。まあだいたい俺いるけどね。」
(合鍵…)
「…うれしい…ありがとう!」
信頼されている感じがして嬉しい。
「このお(うち)って…」
「ああ、ここ?ここは元々俺のじいちゃんのアトリエ。画家だったんだ。高校生の頃からサクラとここに住んで絵描いてたよ。いい空間でしょ。」
「うん。最初は少し寂しいかなって思ったけど、今は暖かい感じがして気持ちいい。」
「…だとしたら、スミレちゃんとスマイリーのおかげだね。」
そう言った蓮司の表情(かお)は、優しさの中に寂しさのようなものを感じさせた。
菫は思わず蓮司を抱きしめた。
「いいの?仕事中なんじゃないの?」
「今日は最後だからいいの!」
「理由になってないけど。」
蓮司は困ったように笑って、菫を抱きしめ返した。

菫は蓮司と付き合い始めて、蓮司の心に空いている穴のようなものを感じていた。
時々、過去のことを思い出して哀しげな()をしている気がする。
人懐っこいようで、初めて会った日のようにどこか他人を推し量るような距離の取り方をする。
(穴みたいな…心に(トゲ)が刺さってるみたいな…)

『正直、あの時の個展はあんまり良い思い出じゃないんだ』
(どうして?)

『…俺は初めてじゃないし』
(誰に泣かされたの?)

『あー…学生の頃にちょっとね』
(学生の頃に何があったの?)

好きになる前は気にならなかったことまで気になってしまう。

(蓮司の過去…。年下なのに人生経験のレベルが違いそうだからなぁ…気にしない方が良いのかな。)
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