この胸が痛むのは
『疲れた時には、甘いものを口にするといいんだよ。
 元気が出るから』
いつだったか、殿下が教えてくれたから。


温かい飲み物を配って貰おうと思い、部屋を出ると。
廊下では、家令と侍女長と料理長、レニーとロレッタと……
この邸内で働く皆が、全員集まって。
皆が泣いていました。
母と姉は戻っていないのに、皆が泣いていました。 
きっと帰ってきたら、もう泣く時間はないから。
今の内に泣けるだけ泣こう、と決めていたように。


私も悲しくて泣いていたのに。
こんなにあの夜の事を、皆の様子を、鮮やかに思い出せるのはどうしてなのでしょう。
悲しくて、申し訳なくて、辛くて、泣いていたのに。



しばらくしたら、兄が場所を作らなきゃ、と言い出しました。
明日はたくさんの人がお別れに来るから何処にしましょうか、御者はどちらに寝かせますか、と兄が父に聞いても、座ったまま動かなくて。
このような父を見たのは初めてで、皆が戸惑っていました。

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