この胸が痛むのは
テラスへ顔色の悪い彼女を連れ出す。
そんな俺も、体力的にも精神的にも疲れ始めて
いたので、ここで少し休みたかった。
アグネスと話して、この先の時間は彼女が希望
する通りにしようと、思っていた。


アルコールを含まないカクテル風の飲み物を両手に持ち、戻ろうとすると、カランに呼び止められた。


「侯爵令息から動き出した様だと……」

「レイが後ろ付いてくれてるよな?」

侯爵令息とはプレストンだ。
あの女はさっきまで、スローン侯爵に話をしに 行き、丁重にだがあしらわれて、次にプレストンに絡んで、アグネスを探していると言う。


テラスに出るガラス扉の向こうには、焚き火に
当たるアグネスの姿が見えていた。
背後の護衛を手を上げて制したのが見えた。
……あの女だ、本人は酔っていて気が付いていないがレイが後ろから距離を詰めているのが見えた。

レイには無理はさせられない。
余程の事をしない限り、見守るだけでいい、と
頼んだ。
カクテルをカランに押し付けて、俺はアグネスの元へ戻った。

自分に話しかけているあの女に集中しているのかテラスに入ってきた俺に、アグネスは気付いていない。
護衛が辺境伯夫人に手をかけていいか、確認する様に俺を見ているので、構うなと手を振った。

あの女には、俺が見えているのに。
挑発するようにアグネスの頬に触れて、何かを
囁いている。
その手首を俺は掴んだ。

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