この胸が痛むのは
レイに連れられて、辺境伯夫人が退場する。
またね、とアグネスに言ったな、残念だがもう
会うことはない。
今夜がお前にとって最後の夜会だ、せいぜい
楽しめ。


……隣で俺を見上げていたアグネスを怯えさせたのかもしれない。
護衛騎士を叱らないでと、言う。
続けて、女性と話したかったと、呟く様に言った。
女性からの妬みや男達の視線から守りたくて、皆で囲み過ぎたのかもしれない。

その切羽詰まった様子に、長椅子に座らせた。
彼女の手を包むように握る。
頼むから、俺を怖がらないで欲しい。

俺の地獄を、君には見せない。


「君は、身代わりなんかじゃない。
 俺にとっては唯一のひとだ」

あの女がアグネスにぶつけた言葉の毒が、彼女を侵して行く前に。
あの女だけじゃない、君とクラリスを比べて、何だかんだ言う奴は全員……
しかし現実は、全員の口を塞いでまわることは
不可能だ。


「早く婚約したい」

気が付けば、口に出していた。
君は今夜デビューした。
7つの年齢差も、それ程問題じゃなくなる。

婚約披露の場で皆の前で宣言する。
『ここまで7年待ちました』と。
君を害そうとする者、傷付けようとする者、全員俺の敵だと、思い知らせてやりたいんだ。


だが、君は。
『卒業するまで待って』と、言う。
焦ってはいけない、急がせてはいけない。
わかっているけれど。
結婚じゃない、婚約だ、約束だけでも駄目なのか。
それが君を守る武器になっても?

アグネス、君は何を待っているんだ?
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