この胸が痛むのは
「私、忘れてあげませんから。
 貴方が忘れてほしいとお願いしても、一生
恨んで忘れませんから」


喫煙室から婚約者が戻ってきたのだろう、お別れの挨拶も無しに、リリアンは離れていった。


恨み言をぶつけられただけだと、人は言うだろう。
だが、レイノルドの心は喜びに満たされた。


自分には忘れられないひとが居るが、それは多分彼女がもう亡くなっていて、嫌な想いに上書きされないからだ。
彼女は永遠に18歳だった。
だから、自分は忘れない。
自分は忘れない側の、置いていかれる側の人間だと思っていた。


ところがリリアンは一生恨んで忘れないと、言ったのだ。
誰かが自分を一生許さないと思い出してくれる。

それを嬉しく思うレイノルドだった。




スローン侯爵が戻ってこない娘を気にして、テラスを覗きに行こうとして、それをプレストンが止めている。
そろそろと、殿下に耳打ちしに行こうか。 


新しいテラスです、皆楽しみにしていましたよ。
貴方が独占しています。
他の奴にも、ここを譲ってあげてください、と。

人の良い殿下は直ぐ様、立ち上がるだろう。
アグネス嬢の手を引いて、慌ててホールへ戻ってくるだろう。


リリアンから相変わらずと言われた様に。
俺は今日も明日もこの先も。
アシュの支えになれるよう、この王城で右往左往していこう。



本当に、うちの王子様ときたら。



ランタンの蝋燭からは花の香りがして。

……朝からの、雨の匂いを消してくれただろうか。



レイノルドはテラスへ続くガラス扉を開けた。










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