逆転結婚~目が覚めたら彼女になっていました~
あなたの為に死にます

 桜の季節が終わり新緑の輝く緑が広がる風景が、とても綺麗な今日この頃。
 
 駅前のオフィスビルのワンフロアを貸しきっている沙原コンサルティング。
 世界的有名な大企業へと発展して、今では部署も増えて営業を主とした営業部が作られている。
 毎日忙しく、外回りの営業は大変そうである。

 心地よい5月の風吹く中。
 オフィスビルの屋上で一人佇んでいるほっそりとした女性が一人いる。
 清楚な顔立ちに、ちょっと分厚い黒ぶち眼鏡をかけ、綺麗な栗色の長い髪は一つ結びでまとめている。
 グレーの落ちついたジャケットにピンクのブラウス、そしてシックな黒いスラックスと踵がない黒い靴。
 スラっとした長身で、女性にしては背が高い。

 この女性は伊集院優衣里(いじゅういん・ゆいり)28歳。
 沙原コンサルティング営業部の社員である。
 現在は結婚して、苗字は朝丘(あさおか)になっている優衣里。
 
「…私が死んで、大金を手に入れたらあの人は幸せになれるのかしら…」
 悲しげな目で携帯電話を見つめている女性の表情は、今にも涙が溢れそうな目をしていた。

 ピピッ。
 携帯電話が鳴った。
「はい…もしもし…」
(優衣里か? 今外回りが終わった。もうすぐ帰社するから、今日は一緒に帰って夕飯でも食べに行こう)
「…いいえ、結構です…」
(どうしたんだ? 今朝は楽しみにしていると、言っていたじゃないか)
「人は気が変わるものです。…申し訳ございませんが、暫く実家に帰らせて頂きます」
(はぁ? どうしたって言うんだ? お前)

「…1つ、お聞きして宜しいでしょうか? 」
(なんだ? )
「お金と私、どちらかを選ぶとしたら。貴方はどちらを選ばれますか? 」

 一瞬だけ答えに詰まったような息づかいが聞こえて、優衣里は口元で小さく笑った。

(お前を選ぶに決まっているじゃないか。何を言っているんだ)
「そのお言葉が、本心であれば大変うれしく思います。でも…もう遅いです…」
(はぁ? 何を言っているんだ! )
「文彦さん。…1憶は絶対に渡しません。…例え私が死んだとしても、貴方には絶対に…」
 それだけ言うと、優衣里は電話を切った。

 文彦。
 優衣里と同じ営業部の社員で、朝丘文彦(あさおか・ふみひこ)30歳。
 営業成績はあまり良くないが、何とか外周りで頑張っている。
 優衣里とは3ヶ月前に結婚したばかりだが、影では浮気しているのではないかと噂にもなっている。


 電話を切った優衣里は、そのまま屋上から去って行った。

 優衣里が去った後、スーっと物陰から出て来た派手な髪色で若作りをしたメイクに、オフィスにはあまり相応しくないと思われる花柄のミニスカートのワンピースに、赤いカーティガンを羽織り、赤いハイヒールの女性。
 顔つきも派手に飾っているが、意地悪そうな目つきをしている。

 この女性は同じ営業部の社員で萩野彩(はぎの・あや)28歳。
 優衣里とは高校生の時からの同級生で、ずっと仲良くしているようだ。
 しかし、事ある後に優衣里の邪魔をして影では優衣里がいつも酷い事をしてくるなど嘘もついているようだ。
 社員と言っても派遣社員で、契約更新で首が繋がっているようだ。
 
「優衣里もしかして、何か気づいたのかしら? 」
 
 去り行く優衣里を見ながら、彩は携帯電話を取り出した。
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