もう一度あなたに恋したときの処方箋


エレベーターに乗っても憲一は考え続けていた。

篠原鞠子といつ会ったのか、誰かと勘違いしているのか記憶が曖昧だ。

(どうも女性についての記憶がアバウトだな)

憲一は父親の性癖を知ってからは、なるべく女性とは関わらないようにして生きてきた。
母親は彼からみれば上品で奥ゆかしい人だったが、父親に言わせると地味で面白味のない女ということになる。
父が再婚した女性は、憲一から見ると派手でお喋りな煩い女だった。でも父親は、明るく情の深い女だと言う。
人の好みは千差万別だとはよく言ったものだ。
憲一は父親と考え方が違っているとわかっただけでホッとしたくらいだ。

父親のように、魅力的だと思った女性はすべて口説くような男にだけはなりたくない。
自分と父親は、まったく別の人間なんだとずっと自分に言いきかせてきた。

(だが、彼女の髪に触れたくなってしまった)

自分も父親と同じように女性にだらしないのだろうかと思うとゾッとする。

無意識のうちに、篠原鞠子のような地味な外見の女性の方が付き合うにはちょうどいいと思っていたのかもしれない。
だが今夜の彼女は別人のようだった。匂いたつほど艶やかで、触れてみたくてたまらなくなるように男の欲を煽られた。

(冷静になれ。彼女とは仕事だけの関係だ)

フーッと大きく息を吐いてから、憲一は鞠子のこと考えるのをやめて胸の奥に押しやった。







< 27 / 63 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop