もう一度あなたに恋したときの処方箋
苦い思い


***



秋の深まりとともに、事業本部のプロジェクトは順調に進み始めた。
岡田部長のニコニコ顔は毎日見られるし、高木さんの眉間の縦皺は気にならなくなっていた。

私は相変わらずあれこれと仕事を請け負ってバタバタしている。

ただ、髪を下ろした姿を見られてからは高木さんを極力避けるようにしている。
彼に大学時代の黒歴史を思い出されたくないし、今の上司と部下という関係を壊したくない。

あれから恋もできないまま、頑張って勉強してきた時間を無駄にしたくない。
せっかくあちこちの部署と関わるようになって、社内の若い男性とも緊張せずに仕事が出来るようになってきたのだ。
それに高木さんには、私があの時の『淫乱なオンナ』だと思い出されたくなかった。

そんなある日、廊下でエリちゃんに声を掛けられた。

「鞠子、会えてよかった」
「ごめん。システム管理部へ行くところ」

またトラブルらしく、呼び出されて向かっている途中だった。

「忙しいのに呼び止めて悪い。急に連絡が入ってきたの」
「なんの連絡?」

「毎年恒例のやつだよ。大学出身者の交流会があるみたい。鞠子はどうする? 」

うちの会社には、同じ大学出身者だけの会があって、定期的に顔合わせがある。
きっと裏では人事的ななにかが関係しているのだろうけど、けっこう楽しい会だ。

「十一月だなんて珍しい。今年も年末かなと思ってた」
「来週の金曜日、いつもの小料理屋集合だって」

エリちゃんが探るような目をしている。

「私は欠席かな」

「了解。今回からアイツも来るしね」
「うん。エリちゃんに任せる」

「任せて。上手く言っとくよ」

「助かる~」

私もその会にだけは、毎年参加していた。
男性との飲み会は苦手だったけど、エリちゃんに隠れるようにして座ることで同じ大学出身の女子社員たちと交流を深めていたのだ。
でも、今年からは欠席しようと秘かに決めていた。なにしろ高木さんが絶対参加するはずだ。
去年まではヨーロッパ総局にいた人だから、今年は彼が出席して大盛り上がりするだろう。

欠席するのは残念だが、これ以上高木さんと関わりたくないのも本心だ。
仕事以外では距離をとろうと決めたのだけど、心のどこかで寂しい気もしている。

このところ、高木さんの近くにいすぎたんだ。
仕事を見ていれば、いやでも高木さんの能力と人間性に触れることになる。
大学時代は冷たくて人の話を聞いてくれない人だと思い込んでいたけど、高木さんはプロジェクトメンバーからの相談にものっているし全員に目を配って細かい点もよく見ている。

誰が今どんな仕事をしているか、なにか困ったことはないか気配りしているのだ。
仕事量が一番多い高木さんが率先して部内をまとめているとも言えそうだし、誰にでもできることではない。

(包容力のある人なんだ)

現に、私みたいに男性との会話が苦手な人間でも全体の雰囲気がよければ仕事は順調だし、自分の業務に集中できている。
この環境に慣れてしまっては、ひとりで頑張ることが多かった元の職場に戻った時が辛いだろう。

(この仕事が終わると、彼の近くにはいられなくなるんだ)

認めたくはなかったが、私はやはり彼が好きなのだ。




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