壊れるほどに愛さないで
「はい、竹林製薬の待野です」

『あぁ、初めまして、東都大学附属病院の野田です』

俺は、頭に叩き込んで置いた、ドクターの名前から、顔写真と経歴、専門を記憶の引き出しから引っ張り出す。野田医師は、東都大学附属病院の心臓外科医で次期心臓外科部長と言われている。

『今日の午後からのアポイントなんだけど、その際に、御社の喘息の治療に使われる薬が、記憶発作防止に有効かもしれないという文献を見てね、試したい患者さんがいるんだけど、サンプル持ってきてもらえるかな?』

記憶発作という言葉に、一瞬、美織の顔が思い浮かぶ。

野田医師は、国内でも3本の指に入る、優秀な心臓外科医だ。心臓移植のオペも年間50を超える。俺と美織と出会ったのが、東都大学附属病院ということと、美織が、心臓移植をしていることから、美織の主治医は、野田医師でほぼ間違いないだろう。

「わかりました。サンプルと一緒に資料と、喘息患者様への投与データのコピーもお持ちします」

『助かるよ、4年前に移植された患者さんでね、記憶発作をなくしてあげられたらと思ってね、では、14時に』 

(4年前……?やっぱり……。美織が、移植手術を受けたのも確か4年前だ)

「はい、承知致しました」

野田医師との電話を切ってすぐ、またすぐにスマホが、震える。

俺は、液晶画面を見ると、思わず、ため息を吐き出してから、スワイプした。
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