壊れるほどに愛さないで
僕は、病室の窓辺に飾られた青と白のパンジーを眺めながら、また美野里の夢を思い出していた。三橋から美織を庇って刺されたところまでは覚えているが、その後のことは美野里の夢以外全く記憶がない。あのあと僕は一ヶ月以上眠っていたそうだ。

──コンコン。

「はい」

扉が開けば、少しお腹が膨らんできた美織がリンゴを片手に病室に入ってくる。美織はあの事件のあと会社を退職し、ほとんどつきっきりで僕のそばに居て看病してくれていたと野田医師が話してくれた。

「あ、友也起きてたの?」

「うん、さっきね……パンジー綺麗だね」

美織は手を洗うと丸椅子に座り、器用にナイフでリンゴを剥いていく。

「でしょ?病院にくる途中にあるお花屋さんとすっかり仲良くなっちゃって、今日は一輪サービスしてもらったの」

見れば、青いパンジーの花束に白いパンジーが一輪混ざっている。 

「美織、白好きだもんね。僕は断然青いパンジーが好きなんだけど」

僕は美織がパンジーの花を飾るたびに、あの日美織に告白した時の僕の言葉を覚えてくれていることに幸せを感じていた。

「白いパンジーの花言葉知ってる?」

「え? パンジーは色で意味が変わるの?」

「うん、心の平和だよ」

美織はリンゴを剥き終わり僕に差し出しながら、ニコッと笑った。その左手には僕の嵌めた指輪が光る。

「合ってるかも。今……凄く心が穏やかだから。友也もようやく明日退院だし、赤ちゃんもね、もうすぐ五ヶ月だしね」

僕がリンゴを頬張ると、美織も齧り付いた。

「うん。友也、甘いね」

「本当だね。おいしい」

(さてと……)

僕は美織に気づかれないように一呼吸する。

美織は、リンゴを食べ終わると鞄から昨日の定期検診で貰ったエコー写真を僕に向けた。
< 286 / 301 >

この作品をシェア

pagetop