壊れるほどに愛さないで
「美織優しすぎっ。ちなみに、あたしは綾瀬さん、でお願いします」

和は、営業の高瀬恭平(たかせきょうへい)と社内恋愛しているのだ。ピシャリと言った和に私は、思わず、クスッと笑った。

「綾瀬さん、わかりましたっ」

雪斗は、和にくったくのない笑顔を向ける。

「ねぇ、そもそも何で二人一緒な訳?」 

和が、再びミートボールを箸で摘み直し、今度こそ口に運んだ。

「あ、待野さんとね、病院のエントランスでバッタリあって」

「で、俺が自販機でコーヒー買おうとしたら釣り銭切れで、美織さんに30円借りることになって、お礼に俺の車で、ここまで一緒に来たんです。偶然ってほんと重なるもんですよね?」

彼の言葉が、私の言葉に重ねるように紡がれて心地よく感じるのは何故なんだろう。

そうですね、と小さく頷く私を見ながら、和が、ふぅんと鼻を鳴らした。

パソコンの電源を入れて、メールの確認をしていた私に、雪斗もパソコンを立ち上げながら、隣から小声で話しかけてくる。

「……あの。美織さん、一個お願いしてもいいですか?」

「え?」

私が顔を上げると、雪斗が首を傾けながら、唇を持ち上げた。心臓は、すぐに、とくんと跳ねる。

(どうしちゃったんだろう……)

動悸でもなく、記憶発作でもない。それなのに、心臓は、雪斗と目が合うだけで、いつもと違う動きをして、戸惑ってしまう。

「ん?美織さん?大丈夫ですか?」

「……あ、えと、大丈夫です……」

いつのまにか、心臓の辺りを右手で握りしめていた事に気づいた私は、胸元から掌を解いた。

「本当は営業車、人乗せちゃダメなんで、内緒にして貰えますか?」

雪斗が、長い人差し指を口元に立てた。

「あ、はい、内緒で……」

「ありがとうございますっ」

子供みたいに笑う雪斗に、私は、そう答えて、頷くと同時に、自分の頬が熱くなるのを感じて、それを隠す様にパソコンの画面に視線を移した。
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