陰黒のプシュケ

儀式は挙行されたのか?

20××年9月24日未明…、陰沼は深い霧に覆われていた。

そのほとりで、遥か昔からココの番人たる如き怪しい異光を発し続けてきた四辺井戸は、堀穴から白い息を吐き出しているかのようだった。

そして午前2時を境に、闇を呑み込むような平静は妖しく破れる…。
霧中に覆われた陰沼の水面数か所からは、一斉にブクブクと沸き立つ水泡が不気味な産声を発するに至るのであった。

とてつもなく重苦しいその反復音は、深い霧に視界を遮断された丑三つ時の静寂を貫通、陰沼を有するここ崩竜丘陵を支配した。

この現象をナナメからの視点で論断すれば、エゴ極まる4名プラスアルファによる、これからの挙行…、いや、狂行がお披露目されるファンファーレか入場行進曲と言い当てられよう。

そんな舞台設定の下、当夜の興行主らは、躊躇なくメインセレモニーを敢行しようとしていた…。
それは、常人がコトバでは到底表現でき得ない吐き気を催させる猟奇の蛮行にほかならなかったが!

***

”ぐぶぐぶぐぶ…!!”

ほどなくして…、四辺井戸の鼓動はその目を開き芽も葺いた。
無風なのに濃霧を右往左往させながらのざわめきと、井戸の底から湧き上るかの如き鳴動…。

ここではこの二つがこれから始まろうとしているセレモニーの露払いと太刀持ちの役どころを買って出ていた。

やがて、地なりのような振動を伴って、四辺井戸には世にも悍ましい光景が産み落とされた1

***

”モゴモゴモゴ…!!!”

それは一気に起こり起こった。

四辺井戸は、屈折の集結という陰なるパワーに魅された臨界エネルギーの暴流は地上という雄域を突破し、黒い開放を迎える。

”ブグッ…、ブグ、ドボ…、ドド…”

言いようのない音感で披露を強要されたのは、なんとニンゲンの顔面だった‼
それは三つ…。

四辺井戸を囲む北西の一点を除く3地点は、人間のカオを地面から吐き出されたのだ。
3体のカオは首元まで地に浮かぶと、ついに四辺井戸周辺は絶望を全景とさせた。

オトコかオンナか…。
もはや、性判別など問い質す価値を寄せ付けない、笑を失するそのド圧倒感…。
そういうことだった。

だが、絶望という絶対的表情をこれ見よかなの哀れ極まる3体のカオは、地に潜っていたもう一つの絶望という形骸をまだ周知させるまでに至らなかった。

そして、ちょっと前まで生を得ていたであろう三つの屍は、究極の理不尽を受け入れざるを得なかった業の宿命に従い、しかるべき力に屈した様をリアルに晒した。
濃い霧の窒息空間で…。

***

一方で、漆黒の闇が闊歩できる時間はごく限られていた。
草木を夢眠させるわずかな時を経れば、漠たる地平を行進する目覚めに崩竜丘陵を静かに奪われてしまう。

この雄大な自然秩序に、闇の執行軍団は従属を余儀なくされていた。
よって、ここに当夜の足跡を泰然と置く意思は強固を極めることとなる。

”モゴッ!…モゴモゴモゴ…‼”

濃霧を押し退けるように、そのおぞましげな更なる深い響きが地の底から沸き上がると、陰黒の深闇に包封された三つのカオを有した胴体が、同時一気に地表へと表出したのだ…。
その様相は一種、単純明瞭であった。

明け方のおぼろげな明かりを浴びた、泥をかぶったつま先までの直立姿勢の胴体…。
3体のそれは整列した絵柄は一言…、驚愕の一言に尽きた。

なぜなら…、直視に堪えない凄惨な全裸の首から下は、各々、人間たる証の四肢を一か所づつ欠落させていたのだから…。

それは左右の腕、右の足…。
哀れな3体のそれら当該四肢部は惨たらしくもぎ取られた形跡であった。

そして数分間の地表へのお披露目を終えると、三つの胴体は再び地面に吸い込まれるように肩まで潜っていった…。

***

午前4時50分…。

県営施設である陰沼公園の管理人は、その朝の定期巡回において、それらと必然の体面を果した…。

”ギャー!!!ギャー!!!ギャアーー!!!”

朝もやがもんわりと立ち込める崩竜丘陵は、腰を抜かした管理人の絶叫でこだました。




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