陰黒のプシュケ

奪われなかった左足

両親の”反応”は、娘の予期にずばり的中した。

「…うーん、やっぱり、先日の夢はこの沼に行ったことで起こったと考えていいんだろうな。それで、お前がそこの悪霊に”持っていかれる”のを末松の先祖が守ってくれた。…穂里恵、まずはそう考えてよさそうだな」

「うん…。でも…、その悪霊たちの目的って、両腕両足4本…、4人の生贄ってことなんじゃないの?そしたら、本当なら私が奪われてる左足と命…、ほかの誰かでって…。ううん、あいつら、あくまで私をさらいに来るんじゃないの?お父さん…」

穂里恵は、まず予想通り即”理解”してくれた父に、まるですがるように、最初の不安をぶつけた。

「…お父さんにははっきりわからないが、おそらくご先祖は”撃退”してくれたと思う。テレビの報道では、3人の遺体が同時に井戸の周りで発見されたってことだ。本来なら穂里恵が埋められたはずの四辺の角一か所は空席のままでなんだから、少なくとも、すぐにお前を奪うことはできないという”判断”からなんじゃないか?」

「じゃあ、私…、もうアイツらにさらわれずに済む?」

「ああ、ご先祖たちは”そこまで”やってくれたと信じよう。それに、今度奴らが穂里恵を奪いに来たら、お父さんとお母さんが守る!なあ、絵里?」

ここで父はリビングテーブルの右横でコーヒーカップを手にしていた妻の絵里に振った。

***

「…そりゃあ、可愛い娘の身に関わることなら、私、命に代えてでも守るわよ。でもあなた…、私には、全部を理解できないわよ。いくら修学旅行で今日死体が見つかったその井戸みたいな場所に行って、写真を投げ込んだって言っても、そもそも、呪いだとか祟りだとかって…、私にはすんなり受け入れられないわよ…」

穂里恵の母は、何ともな苦悶の表情でそこまでホンネを吐き出すと、コーヒーを一口のどに通し、どっと深い溜息を洩らしていた。

この母のリアクションは、当の穂里恵だけでなく父、実樹雄も想定したとおりだった。
いわば、穂里恵の父親はそのことを読みこんだ上で、霊現象を信じるメンタルなど全く持ち得ない絵里には、この時点で”ガス抜き”を施したという側面もあったのだ。

”穂里恵は何としても守る。だが、この一連はまだ終わっていない可能性が強いから、以降、一般常識から逸脱した霊現象、超常現象の類にも向きあわないとならない。そのためにはまずもって、絵里にも目の前の現実だけは否定しない姿勢を持ってもらわないと…”

実樹雄の見据えた視点は、まさに、悪霊たちが我が娘を仕留め損ねたことで、残る左足はどこからか再調達して、いずれあの堀穴の遺された四辺角に”供えられる”かもしれないと…。
であれば、何が何でもそこへ愛する娘をみすみす連中に召す訳にはいかないと…。

そして、実樹雄は娘を守り抜く今後の方策も頭に浮かべていた。
その提案の前段で、霊現象には拒絶反応を示すことが明らかであった妻の絵里へ、事前の仕込みを打ち込んだのだ。

だが、実樹雄がその考えを口に出す前に、穂里恵からは別の提案がなされるのだった。


< 25 / 26 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop