陰黒のプシュケ

安否確認

カレの安否確認…。
それは広石穂里恵にとって、まさに真剣勝負だった。

ひそかに思いを寄せていた、いっこ下のサッカーに夢中なやや小柄のイケメン…。

そのカレの心をせせこましい手段でのゲットを目論んだ自分のあさましい性根が招いた事態…。
それは皮肉にも、大切なカレを危険にさらし兼ねない局面だったのだ。

”ゴメンね、高見君…。私、愚かだったよ。今はあなたが無事であることだけを祈ってる。あなたが救われるなら、末松のご先祖様に頼んで私の命と引き換えにしてでも…”

穂里恵は自宅の固定電話の子機を手にすると、こんな思いがこみ上げ、瞼を潤ませていた。

***

「もしもし…」

「もしもし…、高見でございますが、どちら様でしょうか?」

「はい、夜分恐れ入ります。私…、高見裕太君のファンの高校生です。塾で一緒だったんですが、あまり親しく話す仲ではなかったので、名前は勘弁してください。実は…、裕太君がケガした膝をまた悪くして、入院したって話を又聞きで耳にしたんで…、単なる心配かもしれませんが複数でそんな噂聞いたんで、どうしても確かめて安心したくて…。あのう…、それ、デマですよね?カレ、大丈夫ですよね!」

穂理恵は高見裕太の母親へ、一気に早口でまくし立てた。
それは意識的に…。

「うふふ…、まあ、それはそれは…。うちの子を思って、わざわざ…。安心してください。裕太は今日もサッカーの練習に行っててね、全然元気よ。膝の方ももう完治したし。ああ、今お部屋にいるから呼んできましょうか?」

「いえ…!いいんです。裕太君が元気ならそれで…。安心しました。突然のお電話で名も名乗らず申し訳ありませんでした。これからもサッカー、応援していきます。ご丁寧にお答えいただいて、ありがとうございました」

「いえいえ…。裕太には、塾で一緒だった女の子ってことで伝えておくわ。それでよろしいかしら?」

「はい!では、夜分に失礼いたしました」

それはある意味、これ以上ないほどの直球という切り口だったのかもしれない。
穂理恵は短い時間内でよくよく考えた末、”全くの匿名”でなくアプローチすることにしたのだ。
これもある意図から、意識的に…。

”塾が一緒だった”という共通項を一つ先方へ伝えたその真意…。
厳密には、穂理恵の胸の内にあった二つのカレへの思いが交錯しての結論だった。

無論、ひとつはカレが悪霊の餌食なっていないかという安否確認。
そしてもう一つは…。

***

”よかった~~‼なにしろ、悪霊の手が高見君に及んでなかったことがはっきりしただけで超安心したよ”

これは偽りなく、彼女の正直な想いだった。
穂理恵は自室で受話器を置くと、思わず右手でガッツポーズをとっていた。

***

「…そうか。まず”それ”はないなと思いつつも、無事だって確認できたのはよかった。お前がどんな話し方でカレのお母さんから聞き出したのか、聞いてみたかったが…」

「いやだ、あなた…。そんな下世話なこと口にしてる場合じゃないでしょ!」

1階のリビングで穂理恵の口から、コトの首尾を受けた母の絵里はとにかく匿名での安否確認に胸を撫で下ろす思いではあったが、同時に更なる深入りには極めて拒否的なメンタルがどっと湧き出てきた。

で、夫の”興味本位”をうかがわせる言には、ぴしゃりと抑えるのだった。
こうなると子育て中の母親は俄然、スイッチオンとなる。

「とにかく、穂理恵…。こちらの名は知られてないのよね?匿名で広石とは名乗らなかったんでしょ、それ、間違いないわね?」

これはモロ、子に対する親からの聞き質しであった。
穂理恵は敢えてそのモードに乗っかって、母にはそのまんま(?)を伝えた。

「うん、私の方は名乗らなかった。それでうまく聞きだしたから、安心して」

彼女の返答はここで留めた。
そうであった。
穂理恵の言葉の中には、”知られていない”という言質は含まれていなかったのだ。
なぜなら、”塾で一緒だった”と裕太の母に告げたことはカットしたのだから…。

無論、これも意識的に…。

***

「それで、お父さんがさっき言いかけたことだけど、ひょっとして、警察に私が見た夢のことを連絡するってこと?」

穂理恵はここで、父にそう振って、”次”を急いだ。

「ああ、そうだよ。いいかい、穂理恵も絵里も…。四辺を囲む4つの角のうち、一点だけ死体が埋められていなかったんだ。で、3人の遺体から切断された四肢では、左足だけが足りなかった。その左足をもぎ取られそうなになった悪夢を穂理恵は見た。そして、今回手足の一本を欠落させた死体に囲まれた井戸らしき四辺穴に穂理恵は修学旅行の際に行って、写真をその穴に放った。ここまでの接点があれば、警察だって、霊現象云々抜きにしろ、情報提供で聞いてくれるだろう」

「でも、どうせ霊現象なんか、警察は頭にないんだから、単なる参考の範囲で終わるわよ。それなら、何もこちらからわざわざ申し出なくてもいいでしょ、あなた」

「いや、こっちの話し方によっては、他の3人の情報…、例えば何らかの共通点なんかも聞き出せるかもしれない。それと穂理恵の共通点を探ればまたこの子が危険な目に遭うかどうかとか、その危険を防ぐヒントなりも探れるだろう」

「でも…」

絵里は、夫の言い分に納得しながらも、いわゆる”警察沙汰”への拒否反応は敏感に示していた。
それを十分承知した上で、実樹雄は正面に座っている娘に目で合図した。

「お母さん、例の夢を体験した私の直観だけど、4人の悪霊、凄く強いエネルギーを持ってると思うんだ。だから、あの人たち、何が何でももう一体から左足を奪い取るつもりだよ。そのもう一体が私からじゃないにしても、私が警察に信じてもらえないからって、私の身に起こった”事実”を話さなかったら、もし残り一人の犠牲者が出た時に後悔するよ。私が足を引きちぎられて、殺されて、埋められてたかもしれないんだからさ、あそこに…」

「穂理恵…」

「…もし、そこへ他の人が惨たらしい姿で埋められたら、私の身代わりにって思って、これから生きていくのにトラウマになると思うし…」

ここまでの思いをぶつけられると、母親の絵里は無下に反対することはできなかったが、一言だけ娘に返した。

「でも、周囲にウチだってわからないようにって、警察にはしっかり約束してもらって。これから受験だとか、いろいろあるんだから…、学校やご近所で変な噂が立ったら困るわ」

「絵里、警察は個人情報なんかめったに漏らさないよ。ここは、穂理恵から危険を除くことと、この子の気持ちを大事にしよう。今夜の事件では、大きな傷とショックを受けているんだからさ…」

「わかったわ。何しろ、周りには余分なことを知られないように気を付けてちょうだい」

大学受験を控える娘の母親は、最後までけなげに夫と娘に念押ししていた。
そしてその夜遅く、広石実樹雄は岡山県警へ電話連絡し、用件の概略を伝え、コトの経緯は穂理恵本人が説明した。
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