彩国恋花伝〜白き花を、麗しき紅い華に捧ぐ〜
 全てを諦めた瞬間、
 誰かに背中を鷲掴みされた。

 身体が引き上げられ、横から抱えられている。
 このままでは、この人を巻き込んでしまう。

(私、一人でいい! お願い、手を離して!)

 電車が、ギィギギーッ、ギギッギーッ‼︎ とけたたましい金属音を轟かせている。
 
(衝突する!)

 全身に力を入れ、身構えた時! 落ちていく勢いが急に止まった。
 
(えっ……。ど、どうなってるの?)

 柔らかな白い物体が、正面から私を受け止めてくれている。
 強張った顔を恐る恐る上げてみると、目の前には……、一番会いたかった人が。

「ジュンユン様!」

 ジュンユン様が全力で、荒々しい鉄の塊から私を守ってくれている。
 別の強い力も加わり、そのままホームの方に戻されていく……。

 思い通りにならない私の身体は、背中を向けたまま誰かの上にドサッと倒れ、ジュンユン様も私を抱き抱えるように倒れ込んだ。

「ジュンユン、様……。無事、だったんですね……」

 その姿に、涙が溢れた。

 ジュンユン様も涙を流しながら、私を見つめている……。

 大きな左手を差し伸べ、私の頬に触れ、声を絞りだすように言った。

「スヨン……。そなたの命は、尊い!」
 
(尊い……。私の命が、尊い……。
 ジュンユン様は私のこの命を、尊いと言ってくれるの?)

「そなたのお蔭で、私達一族は救われた!」

「では、呪いは解けたのですか?」

 私の戦いの結末を尋ねると、ジュンユン様は嬉しそうに頷いた。

「スヨン……。そなたと出逢えて、誠に幸せであった」

(私が幸せだと思っていたあの時間を、ジュンユン様も同じように幸せだと感じてくれていたの?)

 (いと)し過ぎて、
 恋し過ぎて、
 声をあげて泣いていた。

 私を宥めるように肩をトントンと撫でながら、ジュンユン様が私の後ろに視線を移した。私もその視線を辿るように振り返る……。
 
(えっ! 美咲さん?)

 ふんわりとウェーブの掛かった茶色い髪の美咲さんが、しっかりと私を抱きとめている。

(ホームから落ちていく私を掴んでくれたあの手は、
 身体を張って私を守ろうとしてくれた人は、
 美咲さんだったの?
 あの日、あの瞬間、この地下鉄のホームに、美咲さんは本当に居たんだ!)

 美咲さんと会話を交わしたジュンユン様が、再び私に視線を戻した。
 安心したように微笑みながら、スーッと消えていく……。

「ジュンユン……、さま……」

 最後に、大きな白い羽が舞った。
 
(ジュンユン様の翼だ! 負傷していたのは、私の為だったの……)

 美咲さんもその羽を見つめ、何かを感じているようだ。
 
(美咲さん……。美咲さんが、私を助けてくれた!
 人身事故を迷惑だと言っていた美咲さんが、自分の命の危険も顧みずに私を救ってくれた……)

 美咲さんが泣きながら、私を抱き締めている。私も美咲さんに抱き付いて、子供のように泣いた。
 嬉しくて、幸せ過ぎて、自分が情けなさ過ぎて……。

 まわりから、拍手が聞こえてくる……。私が助かったことを、ここに居るみんなが喜んでくれている。

(どうしたらいいの? 私は、この人達に迷惑を掛けようとしていたのに……)

 何か言いたいけれど、美咲さんにお礼が言いたいけれど……。
 言葉にならない。
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