恋人たちの疵夏ーキヅナツー

補足の特別エピソード①

マッドハウスに来た


「…みなさん…。今日は、”マッドハウス”のクローズ・イベント・ライブにようこそー!」

”うぉー!”

パチパチパチ…

”いよいよ、ステージが始まるのか…”

「…じゃあ、存分に楽しんで行ってください。飲み物はバーカウンターで、ケイコさんのお名前を出せば無料でもらえますから。何かあったら呼んでください」

「はい。親切にありがとうございました。せっかくなので、楽しませていただきます!」

浅田はにっこり笑ってホール内を去って行った

...


”ええと…、タクロウさん達は…。あっ、いた!あそこか…”

ケイコの目が捉えたのは、ホール最後尾のテーブル席で4人組の女の子に話しかけている”連れ”の二人だった

”全くマメだなあ…(苦笑)。まあ、いいや。私はロック嫌いじゃないし、せっかくだから、今日はここでステージをじっくり観させてもらおうっと…”

ケイコはちょうどホールのど真ん中に位置する席に座り、司会の声に耳を戻した

...


「…という訳で、今日は歴代ロードローラーズのメンバーが大挙、駆け付けてくれ、現メンバーとのユニットや様々な組み合わせでステージを披露してもらいますんで…。最後まで存分に楽しんで行ってくれー!…では、まずトップは…、現ロード・ローラーズが登場です!カモン、ラスト・ローラーズ!」

”うぉー!”

”ローラーズ!ローラーズ!ローラーズ…”

早くも耳をつんざくコールと歓声で、客席はもう総立ち状態だった…

”わー、いきなり総立ちか…、こりゃスゲーって…”

気が付くと、ケイコも拍手しながら席を立っていた

...


現ロードローラーズの演奏は、いきなりガンガンにビートの効いたノリのよいナンバーでスタートした

”タクヤー!”

”ミュージ!”

”アキラー!”

メンバーは5人だったが、ケイコの耳に届く聴衆からの掛け声は、主にこの3人だった

そして視力の良いケイコの眼には、5人の顔は概ね確認できたいた

ほどなくして2曲目の後半あたりに差し掛かると、ステージ最前方に出てギターのソロ演奏となったのだが…

”アキラー!”

客席からは一際、彼の名が連呼されてる

この時…、ケイコは既にそのギターを弾く、20代前半くらいのやせ形の男性に目が釘付けになっていた

そして、胸の中でこう呟いた

”間違いない!あの人だ…”


...


マッドハウスに結集した聴衆は、早くもロードローラーズのステージに熱狂していた

だが、今現在の彼女の耳には、その轟音はただ通り抜けするだけだった

ケイコの神経は、ただ両目が彼を追い続ける動作に集中していたのだ

そんなケイコは今、体中がジーンと痺れる感覚に襲われ、さらに頭が混乱していた

”なんで、ここに?”

”嘘みたい…。夢じゃないよね、これ…”

”どうしたら話しできるかな…”

”彼は私のこと、覚えているかしら…”

”今夜彼に接しないと、一生後悔する…!”

”絶対、会わなきゃ…”

こんな言葉が彼女のアタマを次々と巡っていた

繰り返し、繰り返し…

既にケイコの五感は、”彼”のことで占領されていた

...


あの風の強い夜…

この人が手にしていたもの…

それは…

蚊取り線香を腹に焚いて煙を吹く”ブタさん”だったのに…

今、その彼の両手にあるもの…

それは…、ギター、エレキギター…

ケイコは千葉で出会ったあの青年との一時を、脳裏にフラッシュバックさせていた

更にあの時、どこかときめきを感じた彼と、たった今、ステージで弦を弾くことでここのみんなのハートも弾いているステージ上の彼…

いくつもの彼がどっと彼女の頭と心に押し寄せる、その感覚…

ケイコは何しろテンバっていた

”ここに参集したギャルたちは、彼の今しか知らない。でも、私は…、あの人を知ってる。知った…。千葉の海で知ったんだよ。そう感じたんだ…”

思わず心の内で呟いた”感じた”という言葉は、厳密は訂正があった

正確には、”確信した”だった…




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