少女達の青春群像           ~舞、その愛~
 1年の中で最も短い2月はあっという間に過ぎてしまう。特にバレンタインの時から時間が過ぎ去るのが凄く早く感じた。

 今日は3月に入って最初の日曜日。柏原市内のカラオケボックスの中で、舞と響歌、歩、そして亜希はバレンタインの時の『お疲れさん会』を開催していた。

 本当は2月中にしたかったが、皆の用事が重なり3月にずれ込んでしまったのだ。

 カラオケボックスの中だとはいっても、カラオケをしているわけではない。歌いたい人は歌えばいいということにはなっているが、みんな今日はその気が無いのかずっと話に夢中だった。その内容は主にバレンタインの時のこと。

 それぞれの結末は知っているが、それでも学校では他のみんなもいるので詳細なことは話せていない。だから報告する機会が欲しかった。それに全員があの時は頑張ったとみんなに対して思っていたので、こうした会を開くことにしたのである。

「でも…この中に私がいていいのかって、未だに思うよ。私の場合は告白も何もしていないからさ」

 亜希が気まずそうに、これで今日3回目となる言葉を口にした。

「だからそんなの、気にしなくてもいいんだって。今日は作戦の打ち上げも兼ねているんだから。亜希ちゃんも頑張ってくれたじゃない。参加資格は十分にあるよ、もう、何回これを言わせるのよ」

 響歌がそう言うと、歩も続く。

「そうだよ、亜希ちゃん。亜希ちゃんは私が引きずり込んだようなものなんだから、ちゃんと最後までつき合って」

「そう、そう。2人の言う通り。亜希ちゃんが参加してくれたからこそ、あの2人にもバレなかった。そういうことにしておこうよ」

「そうかなぁ、それは言い過ぎだと思うけど…」

 亜希はまだ居心地が悪そうだ。

「ムッチーが言うこともあながち間違ってはいないのよ。あの2人と同じクラスになっていないのって、亜希ちゃんだけだったもの。同じクラスだと筆跡を知られている可能性が高かったからそこでバレたかもしれない。それに手紙を書くのって時間がかかるじゃない。結構大変な役目だったと思うよ。お疲れ様」

 お疲れ様の意味なのだろうか、響歌はいきなり亜希の肩を揉み始めた。

「ちょっ、響ちゃん、くすぐったい。わかった、もう言いません、楽しく参加させていただきます!」

 亜希がようやく納得してくれたので、話はバレンタインの時のものに戻った。

 それでも話題の中心はこの中にはいない。

 響歌が真子のことを切り出したのだ。

「そういえば、まっちゃんって、宮本さんにチョコをあげなかったんだって?」

 舞も真子にチョコ選びに誘われたが、真子が指定してきた土日はチョコ作りの日だったので気が引けながらも断ってしまった。

 真子の誘いを断ったのは、この中にあと2名いる。真子は1年の時に同じグループだったメンバーと一緒にチョコを選びたかったのだ。だから紗智も誘っていたが、どうやら彼女からも断られたようだった。

 4人全員に断られたことを知った時、舞は真子が可哀想に思えた。

 だが、手作りを拒否したのだから仕方がない。そう思いはしたが、やっぱり後ろめたくもなり、どうなったのか気になりつつも真子本人には訊けずにいた。

 でも…そうか。結局、チョコは買っていないんだ。

「まっちゃんも手作りにしておいたら一緒に作れたのにね。でも、たとえ1人でも買いに行けば良かったのに。むしろ市販品だったら、私は自分だけで買いに行っていたのになぁ」

 さすがに本命チョコをみんなと買いに行きたくはない。見世物になっているようでなんだか嫌だ。1人でじっくりと吟味して選びたい。

 まっちゃんはそう思わなかったのかなぁ。

「違うわよ。チョコは1人で買いに行ったのよ。ほら、柏原駅の向かいにショッピングセンターがあるでしょ。その中に大きなハート型のチョコにメッセージを入れてくれるサービスをしている店があるの。そこで買って『いつも優しいあなたへ』というメッセージを入れてもらったみたいよ」

 響歌は断ってからも真子から話を聞いていた。それでも渡していないことだけしか知らなかったので、3人の中で詳しいことを知っている人がいるかもしれないと思い、話題に出したのだ。

 響歌よりも知っていたのは歩だった。

「それだけしていたのだから、郵送でもいいから送れば良かったのにね。それか、その週末にあげるとか。チョコを買った後に電話して予定を訊いたら、バレンタインの翌日に再テストがあって勉強しないといけないようなことを言われたんだって。だからせっかく買ったのに違う人にあげたみたい」

「歩ちゃんは郵送を勧めなかったの?」

 亜希が訊くと、歩は肩をすくめた。

「勧めたけど、郵送は絶対に嫌だって、まっちゃんに言われた」

 会えないのならその手しか無いのに。なんでまっちゃんは嫌だったんだろう?

 首を傾げる舞の隣では、響歌も怪訝そうだ。

「そういえばまっちゃんって、まだ宮本さんのスマホの方の連絡先を知らないみたいだけど、なんで教え合わないんだろう。普通は家の電話じゃなくてスマホの方を教えると思うんだけどなぁ」

 そのことも知らなかった亜希は、驚愕した。

「えぇっー、宮本さんに電話したって言ったからスマホのことだと思っていたのに、家の方の電話だったの?」

「うん、そうだよ。連絡の交換自体していないみたい。お互いの家の電話番号はバイト先の連絡帳みたいなのに書いてあるから、それを見て知ったんだって」

 さすが冬休みの間、同じバイトをしていた歩だ。3人が知らない情報をよく知っていた。

「あれだけ仲がいいんだから連絡先くらい教えあったらいいのにね。今時、連絡手段が家の電話か手紙しか無いなんて不便だと思うんだけどなぁ」

 仲良く見えたのは自分の気のせいだったのだろうか。そんな疑問まで浮かんでしまう。

 歩がバイトをしていた冬休みの期間は真子も宮本もバイトに出ていた。もちろん勤務時間は多少ズレたりしていたが、2人が仲良く話している姿を毎日見ていた。しかも真子はほとんど毎日、宮本にジュース等をおごってもらっていた。休憩中に偶然出会った時は、宮本は歩にもジュースをおごってくれたりしていたが、真子に対してはわざわざ勤務中に隠れて手渡ししていたりもしていた。

 歩はそういうことも知っていたので、2人はバレンタインがきっかけでつき合うだろうとも予想していた。だから2人が連絡先を交換していないことが不思議で仕方がないのだ。

「まっちゃんも肝心なところで度胸が無くなるけど、宮本さんって人もよくわからない人だね。バレンタインの日の予定を訊かれたら、普通はすぐにチョコをもらえるのかなって予想するでしょ。それなのに再テストがなんとか言っているんだもの。まっちゃんに好意を持っているのなら、いくらテスト前でも渡す時間くらい空けられると思うんだけどなぁ」

 響歌の言葉に反対する者はこの場にはいなかった。むしろみんな、大きくうん、うん、と頷いて同意している。

 ようやく高尾からの呪縛が取れて真子にも春が来るのかと思っていたのに、どうやらそこまで話は簡単では無さそうだ。

 雰囲気が暗くなってきたのを感じて、亜希が慌てながらメニュー表を取った。

「みんな、せっかくのパーティーなんだから、もっと頼もうよ。ほら、響ちゃん。もうアイスコーヒーの氷が全部溶けているよ。こんなのもうほとんど水になっているから2杯目を頼みなよ。歩ちゃんもそろそろ大好きなチョコサンデーを頼まないと。ムッチーはウーロン茶じゃなくてジュースとかにしないの?」

 みんなも亜希が気を遣っていることがわかったので、場を明るくしようとテンションを上げる。

「私もこのままでも十分美味しくいただけるんだけどね。でも、せっかく勧めてくれたから2杯目を頼もうかな」

「私はもう少し後にする。サンデーも食べたいけど、好きなものだから後でゆっくり食べたいんだ」

「私はまだ半分以上ウーロン茶が残っているからなぁ。でも、つまみ系よりもがっつり食べたくなってきたし、ピザでも頼もうかな」

「了解、じゃあ、今はアイスコーヒーとピザだけ頼んでおくね」

 早速、亜希が注文をする為に出入口にある受話器のところにいった。

「ねぇ、響ちゃんは今はどうなの。気持ちはまだ橋本君にあるのかな。それともやっぱり黒崎君の方になった?」

 歩が一番知りたいことを響歌に訊いてみたが、それに答えたのは舞だった。

「もちろん黒崎君の方に決まっているじゃない。あんな気分屋、もうすっからかんと心の中から消えているの。歩ちゃんも野暮なことを訊かないでよね」

「なんでムッチーが勝手に答えているのよ。そもそも私がいつそんなことを言った?」

 当然、響歌は憮然としている。

「そんなことは言われなくてもわかるって。だって響ちゃんってば、あれ以来、凄くスッキリした表情で毎日を過ごしているじゃない。しかもとても楽しそうだしさ。一応橋本君に振られたわけだから落ち込んでもいいはずなのに、そんなの一切見せていないでしょ。私なんてショックで2日間も学校を休んだというのに!」

「なんだ、やっぱりムッチーは風邪じゃなくてショックで学校を2日間休んだのね」

 注文をしてきた亜希に突っ込まれてしまう、舞。

「あっ、あぁっ、いや、それは…あの…その…」

 口が滑ったことを悟り、舞は口ごもった。

 歩が舞に微笑みかけた。

「いいよ、ムッチー。それは私達全員がわかっていたことだから。それにムッチーが休むのなんて当たり前だよ。あんなに好きだったんだから。それに今も席が隣だしね。学校に来辛くもあったんだよね」

 あ、歩ちゃん…

「ありがとう、歩ちゃん。さすが、私のお師匠様だよ。そう、そうなんだよ。何しろ席が隣だから来辛くって。本当になんで席が隣なんだろう。最初は嬉しかったけど、こういう時って嫌だよね。できればクラスは別な方が良かったよ。その点は、響ちゃんが羨まし…って言おうとしたけど、響ちゃんって今でも普通に昼休みに4組に来ているよね。ハッシーとは顔を合わせ辛くないの?」

 舞はクラスが別な響歌を羨ましがろうとしたが、寸でのところで止めた。

 私だったら、絶対5組にこもっているのに。なんで堂々と4組に来られるのだろう?

「響ちゃんは既に15日の時点から堂々と4組に来ていたよ。しかも凄く普通なの。やっぱり4組には黒崎君もいるから、5組にこもってなんていられないんだよね」

 歩は何か勘違いをしている。

 響歌はガックリしたが、疑問を投げかけた舞は納得した。

「考えてみればそうか。4組には黒崎君がいるんだもん、ハッシーなんかに構ってはいられないよね。どうでもいい人に成り下がったハッシーなんて避ける必要も無いんだ。こんな簡単なことが言われるまでわからなかったなんて、私もまだまだだなぁ」

「ちょっと2人共、勝手なことを言わないで。亜希ちゃんも、納得したように何回も頷かない!」

「だって事実だもの。私も2人からファミレスのことを聞いているんだからね。響ちゃんは意地になっているだけだったのよ。やっぱり心の奥底では黒崎君が好きだったんだ」

「亜希ちゃんまで…まぁ、そうかもしれないわよね。だって橋本君に受け取ってもらわなかった時、怒りはあったけどショックじゃなかったもの。普通、あそこまで拒絶されると絶対に落ち込むはずなのに」

 ようやく響歌が自分の気持ちを認めた。

「でも、やっぱり黒崎君でも無いと思う」

『なんで!』

 3人の声がハモった。

「なんで…って。多分、黒崎君に対する気持ちはアイドルを追っかけているような感じに変わっているのよ。だから彼が他の女の子と楽しそうに話していても、そこまで気にはならないの。彼女ができても、夏の時は傷つかなかった。橋本君への気持ちに対しては、好きでいなければならないっていう気持ちが強くて意地になっていた。そんな感じだと思う」

 本当にそうかなぁ?

 3人は心の中でもハモっていた。

 それでもさすがにもう響歌を突っつく気にはなれなかった。

 みんなが突っついた結果、響歌は気持ちが冷めている人に振られてしまった。いや、振られたことは良かったのだ。それこそ響歌の気持ちが冷めていたのだから。

 だが、もし橋本が受け入れていたら…その時はどうなっていたのだろう?

 その時のことを考えると怖くなってくる。

 響歌の揺れが収まるまで待っているべきだったのだ。

「でも、ようやくそれに気づけて良かったよ。橋本君に拒絶されなければ、わからないままズルズルいっていたはずだわ。私は振られて良かったのよ」

 響歌の顔はすっきりしていた。本当に心からそう思っているということが、それを見てわかる。

「それなら良かったけど。でも、私のせいで無駄に傷ついたんじゃないの?自分が響ちゃんを巻き込んだから、なんだか申し訳なくて。それはもちろん、ムッチーの方もなんだけど」

 歩の言葉に、舞と響歌は慌てた。

「そ、そんなの、歩ちゃんが感じなくてもいいよ。私も告白してスッキリしたんだから。むしろお礼を言いたいくらいだよ。これで堂々と再びヌラと戦えるよ!」

 舞がそう言うと、響歌も続く。

「ヌラと戦うのは余計だけど、私もムッチーと同じ意見。歩ちゃんがきっかけで前に進むことができたんだから、感謝しているよ」

「2人共…」

 歩の目が潤んでいる。

「今日は泣かなくてもいい日でしょ。歩ちゃんは凄く頑張ったんだから、もうそんな余計なことは考えなくていいの。それよりも上手くいって本当に良かったね。今だから言うけど、この作戦で一番上手くいって欲しかったのって、実は歩ちゃんなんだ。細見さんは卒業しちゃうけど、いい思い出ができて良かったね」

 響歌は本当にそう思っていた。自分や舞はあと1年彼らと一緒にいられるが、歩にはもう時間が無い。細見はここから離れた場所で大学生活を送る。それまでになんとか話くらいはさせてあげたかったのだ。

「私だって、響ちゃんと同じ気持ちだったよ。その日は学校を休んでしまったけど、家にいても歩ちゃんのことが心配で、心配で。こんなことなら学校に行っておけば良かったって後悔していたんだよね」

「私なんて、実際に歩ちゃんの家まで行ってしまったわよ。もうことが済んで、響ちゃんも帰った後だったんだけどね。その後で響ちゃんから報告が来たんだけど、遅いんだって」

 亜希が舞に同意しながらも響歌を責めている。

「無茶言わないでよ。あれでも私なりに早く連絡したんだから。そんなに気になるのなら、亜希ちゃんも来れば良かったじゃない」

「そんなことをしたら、細見さんにバレる確率が高くなるでしょ!」

 響歌と亜希が言い合いを始めてしまった。それでもその顔はとても嬉しそうだった。

 そこに舞も加わったが、歩は3人を眺めるだけだった。

 とろけるような笑顔をみんなに向けて。
< 137 / 143 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop