少女達の青春群像           ~舞、その愛~
 とうとう運命の放課後がやってきた。

 それでもすぐに向かうわけではない。さすがにみんなには悟られたくないので、パソコンの練習という口実をつけて5時台の電車に乗ることにした。響歌の方はその時間までデザインの課題をするらしい。デザイン展が3日後に迫っているので、デザインコースの人は結構忙しいのだ。

 そんな中でも、切り上げてつき合ってくれるんだもの。響ちゃんには本当に感謝しないとね。

 授業が終わってから電車に乗るまで2時間くらいの間があったが、あっという間に過ぎたような気がするし、逆に凄く長いようにも感じた。

 そう感じるのは、やはり後のことを気にしているからだろう。普通の精神状態ではいられない。

 それでもその心を押さえながら実習棟まで響歌を呼びに行き、2人で柏原行の電車に乗った。

 舞は学校を休んでしまったが、響歌の方は見た感じだと普通通りだった。しかもこれから決戦の時を迎える歩を励ましてくれている。歩も昨日のことで響歌に何か言ってあげたいが、上手く言葉が出てこない。そんな自分が情けなかった。

 それでも落ち込んでなんていられない。できるだけ普段通りにいる。そして告白に臨もう。
 
 日曜日に作ったチョコはちゃんと持ってきた。これから自転車で細見の家の近所にある公園に向かう。7時に公園に来て欲しいと手紙に書いておいた。その手紙には既に自分の気持ちも書いてある。だからもしかしたら来てもらえないかもしれない。

 それならそれで、諦める。

 手紙の時点で気持ちは伝えてあるので、幾分は気持ちが楽なはずだった。

 それでもやっぱり心臓が破裂しそうだ。治まるどころか、どんどん激しくなっていた。

 でも、頑張らないと。ムッチーも響ちゃんも、昨日はこの気持ちと戦ったんだ。

 公園には2人乗りで来た。今の時刻は6時50分。あと少しで約束の時間になる。

 果たして細見さんはここに来てくれるだろうか。

「歩ちゃん、また顔が強張っている。もっとリラックスしよう。ね?」

 そんなことを考えていたからだろう。響歌にこれで4度目となる言葉を言われた。

 それでもいつまでも響歌がここにいるわけにはいかない。

「私はそろそろ隠れるよ。あの大木の横にある植え込みに座り込んでいるから、決してその方向に視線を向けないように。7時に細見さんが来なくてもすぐには出てこないからね。15分くらいまで待っていよう」

「うん、わかった」

「じゃ、頑張ってね」

「うん、ありがとう」

 極度の緊張の中、歩が頑張って笑いかけると、響歌は笑みを向けて去っていった。

 響歌が隠れたところは、歩が今いる位置から少し離れている。

 辺りはもう真っ暗になっているのだからもう少し近づいてもいいのに。歩はそう思ったが、すぐに響歌の意図に気づく。

 多分、自分達の会話が聞こえないように、わざと少し離れたところにしたのだろう。普段は豪快な部分が目立つ響歌だが、こういったところでは気を使ってくれるのだ。

 歩が立っている場所は公園で一番明るい場所だ。地面もそこだけ石畳になっていて、外灯が数個固まって置いてある。ベンチもあったので、持っていたチョコケーキはそこに置き、公園の時計とにらめっこをしていた。

 それから5分くらい経った時。どこかの家の扉の開閉音がした。そのすぐ後にこちらに向かってくるような足音もする。夜なのでそれが妙に響いて聞こえてきた。

 歩が丘の方に目を向けると細見らしき人の姿があった。公園に向かっているようだ。

 来てくれた!

 心臓音がマックス状態になる。それでもなんとか落ち着かせようと、吸って、吐いて、と繰り返した。その時、ベンチに置いたままのチョコが目に入った。

 あっ、いけない。きちんと持っておかないと。

 焦りながらチョコを持ったとほぼ同時に、細見が歩の前に来た。

「君が、手紙をくれた長谷川さん?」

「あっ、はい。こんな時間に、こんなところまで呼び出してごめんなさい。どうしてもチョコを渡したかったんです。受け取ってもらえますか。受け取ってくれるだけでいいんです。つき合って欲しいとか、そんなことは思っていませんから」

「ありがとう。じゃあ、受け取らせてもらうよ」

 歩が差し出したチョコを、細見は拒まずに受け取った。

「長谷川さんは確か、比良木高校の生徒だよね。たまに中庭のベンチに座っていた…」

「あっ、はい。そこで細見さんを見かけて…あの…」

「本当にありがとう。オレは春から東京の大学に行くんだ。だからこれで最後になると思うけど、頑張って高校生活を送れよ」

「はい、頑張ります。あっ、じゃあ、細見さんは大学に受かったんですね。おめでとうございます」

「あぁ、ありがとう。じゃあ、もう遅いし、気をつけて帰れよ」

「はい。本当にありがとうございました」

 細見は歩に微笑むと、家に戻っていった。

 その間、歩はそこから一歩も動けなかった。感極まりながら細見が帰っていく姿をずっと見ていた。

 響歌もしばらく出てこなかった。きっと気を利かしてくれているのだろう。

 5分くらい経ってから、響歌が歩の傍に来た。

「歩ちゃん、良かったね。細見さん、受け取ってくれたみたいじゃない」

「うん、本当に良かった。それに細見さんって、私のことを知っていてくれていたの。それだけでも凄く嬉しくて…」

「うん、うん。見ていたら凄くわかるよ。告白して良かったね」

「やる前は当たって砕けるぞって思ったけど、こんなに嬉しいとは思わなかった。恋が実らなかったのには違いないのにね」

「あの人が凄く優しい人だったからだと思う。チョコを渡した後も少し話していたよね。普通はさっさと帰っちゃうよ。うん、やっぱり歩ちゃんが選んだ人はいい人だった」

「やっぱりというのは良くわからないけど、細見さんはいい人だったよ。大学も受かったって報告してくれたし、もうそれだけでいいよ」

 歩の目から涙がこぼれた。さっきまで必死に我慢していたが、涙腺が限界になったのだ。

 その姿を見ていると、響歌の方まで感極まってしまった。自分はあの通りダメだったし、舞の方もダメだった。3人共ダメだったらどうしようかと、密かに心配していたのだ。

 歩ちゃんの告白だけでも上手くいってホッとしたよ。

 実を言うと、響歌は橋本の対応を予想していた。どう考えても、今の彼が自分を受け入れるとは思えなかったのだ。結果は予想通りだった。実際に冷たく対応されたのは、今でも思い出すと腹が立ってくるのだけど。

 こんな歩ちゃんの姿が見られたのなら、もういいや。

 本当に良かったね、歩ちゃん。

 外灯の光に照らされた中、響歌は泣いている歩を優しい眼差しで見つめていた。
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