少女達の青春群像           ~舞、その愛~
 響歌に視線のことを教えてもらった日から、舞は周囲の視線が気になり、学校では中葉に対して普通に接することができなくなっていた。

 愛する中葉に冷たい態度をとってしまう。

 中葉の方は全然気にしていないみたいなのだが…

「はぁ、私ってば、なんて嫌な女なんでしょう」

 舞は自分のことが嫌になり、机に伏せてしまった。

 そんな時、4組の扉が開いた。伏せていた舞にもそれはわかった。舞の席は廊下側なので扉の開閉音が結構聞こえるのだ。

 現在は5時間目が終わったばかりだ。6時間目が始まるまで10分間休憩がある。4組の誰かがトイレにでも行ったのだろう。

 舞はそんなことを思っていたが、そうではなかった。

「あ、舞」

 中葉が4組に来たのだ。

 舞は伏せていた顔を思いっきり上げると、顔をヒクヒクさせながら中葉を見た。

 舞の表情の変化に気づいていそうなものだったが、中葉は構わず話しかける。

「今朝、靴箱に入っていた日記のことだけど、また誤字があったぞ。赤ペンでチェックしておいたから後で直しておくんだよ。それと何度も言うけど、日記は靴箱じゃなくて手渡しか机の中に入れておいてくれないか。靴箱だと、どうも汚いイメージがして…」

「は、はい、そうですね。取り敢えずそういった話は、今じゃなくて後でゆっくりと…」

 ぎこちなく周囲を見ながら言葉を遮ろうとするが、中葉は話し続けようとする。

「だけどなぁ…」

 舞は耐え切れなくなり、席を立った。中葉を置いて早足で教室から出て行こうとする。

 だが、中葉は鈍くもあり、またしつこかった。廊下に出て行った舞の後を追うと、難なく捕まえた。舞の背中についていたゴミに気づき、躊躇なくそれを取る。親切心から出た行動だったが、今の舞にとっては余計な行動だった。

 舞は硬直してしまった。

 中葉の方はまったく気にすることなく、ゴミを取った後も舞の背に手を当て、そこを何回も撫でた。

「思い出すなぁ。オレはまず、舞のこの背中に惚れたんだ」

 この背中とはどんな背中だというのか。

 硬直しながらも疑問に思ったが、そんな悠長なことを思っている場合ではない。今も周囲の視線を感じるのだ。それだけではなくてヒソヒソ話も聞こえてきている。

 きっと今の状況を言われている。

「舞、昨日もだけど、今日もどうしたんだ。妙に大人しいけど…」

 鈍感なのも程がある。

 この状況を見て、何か察してよ!

 舞は叫びたかったが、皆に注目される中でそんなことができるわけがない。それにそんなことを言って、愛する中葉を傷つけたくない。

 だが、いい加減にこの状況からも脱したい。

 どう返答していいかわからなくて俯いた時、タイミングよく授業開始のベルが廊下に鳴り響いた。

 まさに今の舞にとっては天の助けである。

 舞は安堵したが、中葉の方は反対に残念そうだった。

「もうベルが鳴ったのか。そうだ、舞。オレ、今日の放課後は図書委員があるんだ。一緒にはいられないけど、淋しがるんじゃないよ」

 中葉はそう言うと、自分の教室に戻って行った。

 中葉君…また図書委員になったんだ。

 図書委員はなかなか楽しいとは聞いていたけど、2年になっても図書委員をするくらい好きだとは思わなかったよ。図書委員なんて委員の中でも一番面倒そうなのに。

 私だったら、嫌なのになぁ。

 でも、そんな私の方も、今年は委員になってしまったのよねぇ。

 舞はガックリと肩を落とした。

 渕山のお陰で、残りものの委員を無理矢理押しつけられてしまったのだ。

 クドってば、昨日のことを絶対に根に持っているのよ。

 器の小さい男はこれだから嫌だわ。

「だから48にもなって、未だに独身なのよ!」

 つい声に出してしまう。

「…今井」

 舞の背後から静かに彼女を呼ぶ声がした。そこには怒りが籠っているような気がする。

 恐る恐る後ろを振り返る、舞。

「ギャッー!」

 思わず叫んでしまった。

 渕山は静かな声で舞に告げた。

「お前という奴は、まったく懲りてないみたいだな。授業開始のベルはとっくに鳴っているんだぞ。そんなに廊下が好きなら、好きなだけ廊下にいろ」

 これによって舞はまたもや不名誉なことに、高校生にもなって廊下に立たされる羽目になってしまった。

 もちろんこれは、この学校始まって以来のことだった。



「あれ、ムッチーじゃない。駿河駅から乗っていたの?」

 比良木駅から電車に乗った響歌が、彼女達のいつもの指定席に座っている舞を見つけて声をかけてきた。

「響ちゃんもこの時間帯だったんだ。学校が始まってからまだ2日目なのに、こんな時間になるなんてやってられないよね」

「遊びだったらともかく、お互い委員会で、だからねぇ。お互い厄介なものを押しつけられてしまったわよ」

 響歌はそう言いながらスマホを見た。画面には18時30分という文字が浮かんでいる。

「それにしてもまさかムッチーまで委員になっているなんてね。それに歩ちゃんから聞いたけど、あんたってば、廊下に立たされていたんだって?アッハッハ、クドの執念は凄いね」

 舞が憮然とした表情になる。

「笑いごとじゃないよ。お陰で6時間目はすっごく恥ずかしかったんだから。穴があったら入りたかったくらいだよ。冬だったまだしも、今は春だから窓なんて全開状態でしょ。授業を受けている人達にチラチラ見られるし、もう最悪。クドは本当に陰険な奴だよ」

「まぁ、まぁ、滅茶苦茶恥ずかしかったんだろうけど、それはもう終わったことなんだからそんなにカリカリしないで。今は1日で最も楽しい下校時なのよ」

「うん、そうだよね。楽しい下校時までクドのことを思い出したくないしね。あっ、そうだ、響ちゃん。響ちゃんはなんの委員を押しつけられたの?」

「私は中葉君と同じ、図書委員。まったく…みんな面白がって私に票を入れるんだもの。やってられないわ。噂っていうのは本当に根深いし、恐ろしいものだわ」

 今度は響歌の方が憮然とした表情になる。

「票っていうことは…5組の委員は投票で決めたの?」

「その通り。でもさぁ、それって案外不公平なやり方だよね。だいたい同じ顔触れになるもの。それでも決まってしまったら反論もできないでしょ。でも、みんなで一斉にあみだくじっていうのが一番公平だと思うんだけどなぁ。それで決まったのなら、私だってこんなに文句は言わないのに…」

 響歌はブツブツ文句を言っている。

 響ちゃんは不満たらたらだけど、公平さで言うのなら無理矢理役を押しつけられた私の方がよっぽど不公平なんじゃないの?

 だが、そう思うだけで口には出さない。響歌の怒りを倍増させたくなかったのだ。

「そういえば今月の終わりに遠足があるらしいんだけど、ムッチーは知っている?」

 ブツブツ言っていた響歌だったが、いきなり思い出したように舞に訊いてきた。
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