少女達の青春群像           ~舞、その愛~
 その話は渕山が6時間目に話していたので舞も知っている。

「その話なら、立たされている時に耳にしたよ。遠足とは言うけど、本当に歩いてどこかに行くのではなくてバスに乗って遠出するみたいだよね」

 2年生の遠足の行先は、荒谷港という世界的に有名な港がある場所だ。学校から車で2時間くらいかかるらしい。

 その遠足では、荒谷港だけに行くコースと、荒谷港に行く前にその近くにある昔外国人が住んでいたという異人館が立ち並ぶ場所に寄るコースがある。

 2つのコースはクラス毎に決めるのではない。クラスの中で何人かグループに別れた後、各グループでどちらに行くか決めるのだ。

 今日はグループわけのところまでいかずに遠足の説明だけで終わったのだけど。

「港っていうのもロマンチックでいいよね。どうせなら団体じゃなくて2人きりのデートで行きたい場所だよ。もちろん中葉君とね」

 舞はうっとりしていたが、響歌は考え込んでいた。気になることがあるが、それを舞に言うかどうか迷っていたのだ。

 うっとりとしていた舞も、響歌の様子にすぐに気づいて声をかけた。

「深刻そうな顔をしているけど、何か気になることでもあるの?あっ、もしかして遠足の時、橋本君か黒崎君を連れ出して告白しようと考えているとか!…って、そんなわけでも無さそうだよね」

「当たり前でしょ。そんな時にするわけがないじゃない。私が考えていたのは、自分のことじゃなくてあんたのことよ」

 え、私のこと?

「遠足の時に、何か私に…あっ、もしかしてクドに目をつけられたから、遠足の間中、クドの監視下に置かれるんじゃないでしょうね!」

 そんなことになれば、せっかくのムード満点の港が台無しになってしまう。

 それでもこれは非常に有り得そうなことだった。

「違うわよ、クドは関係ない。でも、ムッチーの為なら、クドの監視下に置かれた方がマシかもね。私が言いたいのは中葉君のこと」

 響歌の口から中葉という言葉が出て、舞の表情が明るくなった。

「なーんだ、中葉君のことか。中葉君のことなら悪いことじゃないはずだよ。響ちゃんも変なことを言わないでよ。中葉君のことよりも、クドの監視下の方がマシだなんて。そんなこと、あるわけないじゃない」

 舞は安心しきっていたが、響歌は難しい顔をしたままだ。

「そう喜んでもいられないと思うけどね。だってムッチーって、普通科の人達の前では中葉君とイチャイチャしたくないんでしょ。今日も普通科の人達の視線に怯えていたんでしょ?」

 舞の顔が強張った。


「さっきの委員会の時に中葉君が言っていたんだけど、遠足の時にムッチーを連れ出して2人で過ごす計画を立てているんだって。ムッチーのグループになる人達にはムッチーが抜け出せるように頼むつもりみたい。それ、どういう意味かわかっている?」

「どういう意味って、そんなこと言われても…」

「みんなの前でイチャイチャして過ごそうっていうことよ。そうなると当然、普通科の人達にも見られるわよね?」

 響歌の目が、舞に『それでもいいの?』と問うている。

「そ、それは…」

 困る。大いに困る!

「な、なんとしてでも止めてもらうようにしなくちゃ!」

「そうした方がいいわね。荒谷港って、そんなに広い場所じゃないもの。2人で抜けだしたとしても、あっという間に先生に見つかって怒られるのがオチよ。ま、ムッチーの場合、そんなことよりもみんなに2人でいる姿を見られることが嫌なんだろうけど」

 響歌の指摘は的を得ていた。

「当たり前だよ。いくら愛する中葉君の提案だとはいっても、そんな大胆なことが私にできるわけがないじゃない。グループ行動の最中に私達だけカップルでいるなんて、みんなの注目を集めるに決まっている。そんなことになったら、翌日から学校に行けなくなるよ。断固として阻止するわ!」

 舞は豪語したが、響歌は意地の悪い笑みをした。

「そんなに上手くいくかしらね。中葉君、凄く楽しそうに話していたもの。なんだかんだといつものパターンになるんじゃない?」

「こ、今回は絶対に阻止するから。そりゃ、港で2人きりなんてムード満点で素敵だとは思うけど、これは学校行事なのよ。あっ、でも、校内のカップル全員がそれをするのならできるかも?」

 いいことを思いついてしまった。

「そうよ、その手があったわ。遠足の時は私と中葉君だけじゃなくてみんな抜けだせばいいのよ。例えば榎本さんと安藤君、加藤さんに黒崎君も復活してもらって、なんだったら響ちゃんと橋本君も…」

 響歌は呆れ返っていたが、舞はそれに構わずに話し続ける。

「それにせっかく普通科も一緒なんだから、さっちゃんも木村君って人を誘えばいいんだし、その他モロモロもそうしちゃうのよ。そしてみんなで愛を深めましょう!」

 それだと学校行事にはならないだろう。

「それ、カップル達に提案してみなさいよ。中葉君を説得するよりも難しいだろうけどね」

 舞は響歌が乗ってきてくれなかったので不満だった。

「響ちゃんはいいアイデアだと思わないの?」

「取り敢えず私はごめんかな」

「えぇっ~、響ちゃんも参加しようよ。ほら、ここで橋本君を誘ってさぁ、海をバックに告白するの。あっ、もしかして黒崎君の方がいいのかな。考えてみれば橋本君よりも黒崎君の方が海をバックに告白っていうイメージにピッタリだもんね。うん、響ちゃん。そうしなよ。それだったら私も、中葉君と一緒に抜け出しやすくなるしさぁ。響ちゃんもムード溢れる港で告白する方が、成功率がアップしていいはずだよ」

 一石二鳥の案を出したが、やはり響歌は乗ってこない。

「漫画やドラマじゃあるまいし、学校行事なんかで告白したくないわよ。するとしても修学旅行か卒業式の時でしょ。遠足でなんて絶対に嫌だからね」

 それどころか露骨に嫌がっている。

 舞は一気に気分が下がってしまった。

「そりゃ、私だって遠足でなんて告白したくないけど。我儘言わないでよ。って、やっぱりダメか。あ~、いい案だと思ったのに、残念だよ。本当に残念だよ、響ちゃん」

 凄く残念そうに繰り返している。

 舞だって、本音を言えば中葉と一緒に過ごしたい。

 だが、一カップルだけだったら、どうしてもみんなの注目を集めてしまう。だからどうしても響歌を引きずり込みたかったのだ。

「はぁ」

 見せつけるように溜息も吐いた。

 響歌は嫌そうに舞を見たが、反論するのは多大な疲労を伴うので今の気持ちを口にすることはしなかった。



 しばらく黙っていた響歌が、いきなり予想外の言葉を口にする。

「私ね、橋本君に手紙を書こうと思っているの」

「えっ、いきなりどうしたの。しかもなんでまた橋本君になの。私には書いてくれないの?」

 舞からすれば、これは質問せざるを得ないだろう。

 だが、何かがズレている。

 響歌は脱力した。

「なんで私が、ムッチーにラブレターを出さないといけないのよ」

 え、ラブレター…

 えぇっ、ラブレターだってぇ!

「もしかして響ちゃん、とうとう行動に移しちゃうの。橋本君に告白する気になったの?」

 舞のつり気味の目がこれ以上ないくらい開いている。

 響歌の顔は真面目だった。どうやら冗談を言っているわけではないらしい。

「で、でもさぁ、なんでいきなり告白する気になったの?しかも橋本君の方でしょ?黒崎君の方はもういいの?橋本君で、響ちゃんは本っっ当にいいの?しかもなんで直接じゃなくて手紙なのよ?」

 すべての疑問に答えてくれなければ納得できない。

 それもそのはずだ。響歌は春休みの時点では告白の『こ』の字も出さなかった。それどころか恋心を封印がどうとか言っていたのだ。しかも好きな人は橋本だけではない。黒崎も好きだったはずだ。

 それがどうして橋本君だけになり、告白しようという気になったのか。それも響ちゃんにしてはあまりにも古風なラブレター作戦でいくなんて。

 響ちゃんの大親友として、これは当然訊かなくてはいけないでしょう!

「春休みにずっと考えていたのよ。やっぱり好きな人が2人いるのは良くないんじゃないかって。そう思って出した結論なの。正直に言うと、今は黒崎君よりも橋本君のことを考えている時の方が多いのよ。これだったら黒崎君のことを忘れて橋本君だけを好きになる日も近いと思う。いや、もう既になっているのかもしれない。本当はもう傷つくのは嫌なんだけどね。でも、避けてばかりいたら自分がダメになるような気がしたの。だから2年になったし、気持ちを新たに告白してみようかなと思って」

「でも、どうしてそれでラブレターなのさ。相手は知らない人でも、話したことが無い人でもないのに。橋本君になら、直接言った方がいいんじゃないの?」

 自分がメッセージで告白したことを、この時の舞はすっかり忘れていた。

 いつもの響歌ならすぐそれに突っ込んだだろうが、今はそうしなかった。真面目な表情で続ける。

「橋本君だからこそ、よ」

「橋本君だからこそ?」

「橋本君と話していると、真面目な話題でもどうでもいいような話題になってしまうのよ。まぁ、話が脱線していくっていうのかな。それだと告白しても中途半端に受け取られるかもしれないでしょ?」

「まぁ、確かに響ちゃん達ってそんな感じだよね」

「だったら自分の気持ちを文章にして伝えた方がいいと思って。まぁ、そうはいってもラブレターなんて大袈裟なものにする気はないんだけどね。それでも機械的なものより自分が書いた字で伝えたいから、スマホは使わずに方法を選ぼうと思っているの」

 舞にとって、これは夢のような話に思えた。

 自分の両目が熱くなってくる。

 だってね、響ちゃんが男の人に告白しようとしているのよ。

 この時を、私はどれだけ待ち望んだか。もしかすると響ちゃんは高校3年間ずっと意地を張り続けるのかとさえ思っていたのに!

「あぁ、天は私を見捨てなかったのね」

 舞は自分の両手を胸の前で組んで涙を流した。

「なんでこんなことであんたが泣いているのよ。変なところで涙もろいんだから」

「いや、ゴメン、響ちゃん。なんだか感激しちゃって。あの意地っ張りの響ちゃんが、こんなにあっさり行動に移そうとするんだもん。なんだか娘の成長を見守っている母のような気分だよ。うん、是非告白しよう。きっと、絶対に、確実に告白は成功するよ。これでようやく私達とダブルデートができるね!」

 舞は響歌の両手を握りしめた。

 なんできっと、絶対に、確実に成功するんだろう。

 舞に両手を痛いくらいに握られた響歌は、呆れながら彼女を見ていた。
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