落ちこぼれ聖女ですが、王太子殿下のファーストキスは私がいただきます!【書籍化決定】
『自分の運命の相手にファーストキスを捧げた』
『……え? いつ? 誰にですか?!』
『運命の相手と一緒にいると、胸が締め付けられるような幸せと切なさが同時に押し寄せるんだろう? 私もそんな二つの想いを抱えた相手がいた』
『……?』
『――クローディア、君にだよ。私の運命の相手は君だ』


 そう言って私の手に優しく口付けた殿下の顔を思い出し、私は火照る頬に両手を当てる。


『どっ、どういうことです? 私は確かに殿下とキスの練習はしましたが、本当に口付けてはいないはずです』
『君は覚えていないだろうね。イングリス山の土砂崩れで君が生き埋めになった時』
『……まさか』
『必死で君を土の中から助け出したけど、君は意識を失っていた。だから――』


 それはキスではなく、ただの人工呼吸だ。
 せっかくのファーストキスの思い出が、そんな悲惨な場面だなんて酷すぎる。

 でもあの時私たちは、「アーノルト殿下の運命の相手はリアナ様だ」と思い込んでいた。
 私に人工呼吸という名のキスをしようものなら、殿下の呪いは解くことができなくなってしまう。
 それなのにアーノルト殿下は、自分の命よりも私を助けることを選んでキスをしてくれたのだ。

 そこまで私のことを想ってくれていたのかという嬉しい気持ちが半分、ご自分の命を大切にしてくれなかった悲しさが半分。
 そんな複雑な気持ちを抱えて何を言ったらいいのか分からなくなった私は、自分の感情を誤魔化すために殿下に食いかかった。


『ファーストキスが人工呼吸だなんて、納得できません! しかも私は意識を失ってたんでしょう? 何だかとっても残念だわ。私は恋愛小説みたいな素敵なキスを夢見てたのに!』


 ――そんなことが言いたかったんじゃない。
 殿下が生きていてくれて嬉しかった。殿下のことが大好きですと伝えたかった。

 一周も二周も回って可愛くない発言をしてしまった私を、殿下は優しく抱き締めた。


『クローディア』
『……何ですか』
『男に二言はない。君のファーストキスを奪ってしまったからには、私が一生傍に置いて大切にする』
『せっ、責任を取るってことですか?!』
 

 そんなやりとりがあったのが半年前のこと。
 実はその後、私はアーノルト殿下と一度も顔を合わせていない。

 殿下も公務でお忙しいし、私も聖女としての仕事で多忙だったこともある。
 でもそんなことよりも、「キスをしてしまった責任を取って一生傍に置く」なんて言葉、一人の恋する乙女としては到底受け入れられるものではない。

 殿下が私のことを大切に想って下さっていることは分かっている。しかし私は平民で、そして孤児だ。

 私が殿下の運命の相手なんだとしても、この身分の差はどうにも埋まらない。
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