落ちこぼれ聖女ですが、王太子殿下のファーストキスは私がいただきます!【書籍化決定】



「……ディア! 大丈夫か」


 私を呼ぶ声が聞こえ、そっと瞼を開ける。すると、目の前には私の顔を覗き込む見慣れない顔があった。

(ああ……見慣れないと思ったら、兜なしのアーノルト殿下だわ)


「クローディア! 目を覚まして良かった」


 兜を被っていないから、殿下の涙ぐんだ瞳がやけにハッキリとよく見える。
 何だかさっきまで昔の夢を見ていた気がするが、ここはどう見ても美術館の庭園だ。私は先ほど誰かに口を塞がれ、池に突き落とされたのだった。
 少しずつ記憶が戻り、私は殿下の膝の上から体を起こした。


「殿下、申し訳ございません。助けて下さったんですね」
「たまたまリアナ嬢が急いで自邸に戻ることになったんだ。それで彼女と別れ、君を探していた。もう少し発見が遅かったら大変なことになっていた……」
「誰かに口を塞がれて、池に突き落とされた気がします」
「何だって?!」


 殿下の顔が一瞬曇り、私の手を握る。


「自分で足を滑らせたのではなく、誰かに故意に押されたということか……私が君を連れまわしたばかりに、危険な目に遭わせてすまない。必ず犯人は見つけ出す」
「殿下のせいではありません。それに助けて頂けてラッキーです! まだまだ私にはやらないといけないことがありますからね!」


 そうなのだ。こんなところで死ぬわけにはいかない。

 アーノルト殿下にかけられた呪いが解けるまで見届けなければいけないし、いざという時には私が殿下の唇を奪うというミッションも残っている。
 エアーズ修道院にはまだまだ恩返しをしないといけないし、恋占い屋の常連客だって私がいなくなったら困るだろう。

 とにかく私は最後までちゃんと人の役に立ってから、一生を終える予定なのだから。


「クローディア。本当はすぐにでも王城に連れ帰って看病をしたいところなのだが……もしかしたら、王城に戻るよりもこのままローズマリー嬢のところに身を寄せる方が安全かもかもしれない」
「私もそうしようと思っていました。神殿もここから近いですし、そうさせて頂きます」
「本当に申し訳ない。君に迷惑をかけた人物は必ず対処する。きっとすぐに犯人は見つけるから安心して欲しい」


 殿下は苦悶に満ちた表情を浮かべた。
 私も殿下に向かって「お願いします」と頷く。
 
 でも、私の心の奥で一つ引っかかっていること。それは、リアナ様のことだった。

(まさか、私に対する嫉妬心から、池に突き落としたりはしないわよね……リアナ様……)

 私に対する冷たい視線と、ガイゼル様から聞いたリアナ様の嫌がらせの噂。それが頭の中で繋がって、疑ってはいけない人を疑い始めてしまう。

(疑ったら駄目よ。リアナ様はアーノルト殿下の婚約者になる方なんだから)

 立ち上がろうとした私をアーノルト殿下が軽々と抱き上げ、そのまま歩き始める。普段なら下ろして欲しいと暴れて頼むところだが、私はそのまま殿下の首に両腕を回した。
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