落ちこぼれ聖女ですが、王太子殿下のファーストキスは私がいただきます!【書籍化決定】
 アーノルト殿下のことだ。目の前で多くの人が苦しんでいるのに、自分だけが安全なところにいることが許せなかったのだろう。

 自分が呪い殺されてしまうことよりも、ローズマリー様のファーストキスを無下に奪ってしまうことを心配するような、生真面目な人なのだ。


「あの時破落戸(ごろつき)に囲まれてた貴族の男の子も、殿下と同じ気持ちだったんだろうな……」


 ふと頭の中に、十年前に河原で出会った少年の姿が思い浮かぶ。
 破落戸に囲まれているのに、必死に泥だらけの子猫を守っていた男の子。あの子もきっと、自分だけ安全な場所にいるのがいたたまれなくて、ああして村に一人で降りて来たのだろう。

 水に濡れた寒さでブルっと震えながら殿下の方を見ると、殿下は真っすぐに私の方を見つめていた。ランプの灯りに照らされて、殿下は優しく微笑んでいる。


「それで? カフスボタンを盗まれそうになったんだっけ?」
「……はい、そうです。貴族の子だと分かったのか、破落戸たちがカフスボタンを寄越せと言い始めて……」
「それで君は言ったんだ。無理矢理人から物を奪うのは、泥棒と同じだと。だからボタンをあげては駄目だと」
「…………」
「君はあの日川に落とされて、今のようにずぶ濡れだった。それなのに自分のことなど顧みず、争いがなくなるように神に祈った」
「何故、殿下がそのことを知ってるんですか?」


 洞窟の外で大きな雷が鳴った。雷音と同時に、すぐ傍にあったランプの光が一瞬カッと閃く。


「あの時私を助けてくれた少女が、ディアなのではないかとずっと思っていた」
「えっ、あの時の男の子ってまさか……でも、あの子は殿下のような金色の髪ではなかったですし」
「子猫を助けるために濁流に入った後だったからね。泥で汚れていただけじゃないかな」
「……そんな……じゃあ、もしかしてあの時の男の子は、アーノルト殿下だったんですか?」


 殿下の顔から笑みがこぼれた。


「そうだよ。私は十年前からずっと、君を探していた」
「まさか、私のことを知っていてわざわざエアーズの街に?」
「いや、それは違う。ディアの占い屋に行ったのは全くの偶然だった。こうしてディアと再会できたことは奇跡だと思っている。だから心のどこかで期待していのかもしれないな」
「期待? 何をですか?」
「私の運命の相手はリアナ・ヘイズ侯爵令嬢ではなく、クローディアなんじゃないかと」
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